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片想い

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好きになんかならなきゃよかった。
そう思うのにわたしはあなたと過ごす時間を、
哀しいまでに充実していて楽しいと感じてしまう。
あぁ・・・どうしていつも
本当にほしいものは手に入らないんだろう。


「坂浦」
数学の授業中。
一列はさんで隣の席のあなたは小声でわたしを呼んだ。
「ん?どーしたの?」
「赤ペン忘れたっ!貸してくんね?出来れば今日一日」
「いいよ。これ貸してあげる」
わたしは机の上にあった赤ペンを手渡す。
一瞬触れ合った指先に鼓動が高鳴る。
「サンキュ。坂浦が使うのある?」
「あるよ。もう一本持ってきてるから」
「そっか。よかった」
あなたは笑って、でもすぐ真面目な顔に戻って
授業に集中し始めた。
わたしはもうとっくにインクが無くなっている
もう一本の赤ペンを握り、自分の鼓動をしずめた。
あなたと話す機会がほしいから、
わたしは毎日小さな嘘をつく。
いけないと分かっていてもやめられない。
この気持ちに気づいてから今日までずっと。


「俺、彼女できた」
あなたがそう言ってきたのは今から7ヶ月前。
あのときもわたしとあなたは席が近くて
毎日くだらないことで笑っていた。
自分の気持ちに気づいたばかりだった。
いつか告白できたらな・・・なんて思っていた。
でも、そんなの叶わないんだ。
伝えたとしてもあなたはわたしに振りむいてはくれない・・・
切ないほど強くそう思った。

彼女になったのは同じクラスの女の子、金森凜夏。
告白したのは凜夏からで、
凜夏は半年ほど前から
あなたのことが・・・神条春樹のことが好きだった。
「神条!!金森凜夏と付き合うのかよ!?」
「お幸せに~」
「別れたりしねーようにな」
二人が付き合い始めたことはすぐにみんなに広まった。
みんなからかいつつも二人を応援していた。
わたしもみんなと一緒に二人をからかいつつ、
「頑張ってねえ。お幸せに」なんて言葉をかけた。
・・・わたしはずるくて意気地なし。
そんな言葉をかけながらも、
別れちゃえばなあ・・・なんて思っているんだから。

いつからか凜夏はあなたを春樹と呼ぶようになり、
あなたは凜夏のことを金森ではなく、
凜夏と呼ぶようになっていた。
付き合っているのなら普通のことだ。
でも、願わずにはいられなかった。
『坂浦じゃなくて秋乃って呼んでよ』なんて贅沢なことを。
彼女じゃない女の子の下の名前を呼ぶ理由はない。
分かってる、分かってるんだけど。
でもやっぱり好きだから。

凜夏が転校することになったのは今から2ヶ月前。
転校先は車で2時間はかかる他県。
急に決まったことにみんな驚いていた。
凜夏は転校前日まで学校には来なかった。
空席のままの凜夏の席を見て肩を落とすあなたを
わたしは見ていられなかった。
「神条。お前、金森凜夏と付き合い続けんの?」
クラスの男子があなたにたずねた。
みんながあなたをみつめた。
わたしもあなたをみつめ、
いけないと分かりつつもその感情を止めることは出来なかった。
『「別れる」って言ってよ。』
自分で自分が嫌になった。
好きな人が哀しんでいるのに、
わたしは凜夏の転校を心のどこかで喜んでいた。
この転校をきっかけに別れてくれたら・・・なんて考えて
そうなることを強く望んでいた。
だけどあなたはいつものように笑って
「付き合うよ。当たり前じゃん」って答えたんだ。

そのときわたしは思った。
もうこんな片想いやめたい・・・って。
自分勝手だ。分かってる。
でももうあんなのうんざりだった。
つらかった。
好きな人に振り向いてもらえないことが
あんなにつらいことだとは思わなかった。
この痛みを教えてくれたのは、あなた。
こんなこと思うのはバカだと思うけど、
わたしもあなたからもらえたものがあったんだよ。
確かな痛みをあなたはくれた。
ありがとうとは言えないけれど、
わたしはこの痛みをずっと忘れずに生きていくよ。
たぶんしばらくは一人で。

あなたへの片想いはやめられなかったけど、
わたしはあの日から、
あなたの幸せを願うようにした。
もうみじめな思いはしたくなかったから。

大切なものは簡単には手に入らない。
きっとあなたは一生私のもとへは来ない。
好きにならなきゃよかったと思う。
こんな気持ち知らなきゃよかった。
だけど、あなたに片想いをしたことを
後悔する日はきっと来ない。
それだけは胸を張って言える。



数学の授業中。
どんなカケヒキを繰り広げても、
方程式を解き明かしても、
わたしとあなたはイコールでは結ばれないんだろう。
そう思いながら、
集中するあなたの横でわたしは一人つぶやく。
「・・・大好きだよ」
インクの無くなった赤ペンを見つめ、涙をこらえて。
「・・・ん?坂浦なんか言った?」
「んーん。なんでもないよ」


幸せになってね、神条春樹くん。


作品名:片想い 作家名:りあ@