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何時か来る崩壊に告ぐ

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シュレティンガーの箱庭(利鞘+卯月+木虎+横森)


「木虎先輩、横森さんを知りませんか」

食堂内にて木虎に尋ねたのは利鞘で、その後ろに卯月が居るのがやけに不思議であった。木虎の知る二人は一緒に行動しているイメージが全くなかった。いや、それも頭ごなしに決めつけるのは良くない、と木虎はプリンを一口食べた。横森から横流ししてもらったプリンはなかなかに美味しかった。最近のコンビニも粋なことをするなぁ、と思わないでもない。そこで木虎は二人をちらちらと交互に見て、それから甘ったるい咥内を動かす。

「知ってるけど、なんか用?」

文字に直すと些か冷淡にも聞こえる台詞は、それでも木虎の性格と外見を加味すれば丸いイメージへと変質していった。

「いえ…共通教養用の電卓を借りに」
「そっか」

利鞘の言葉に卯月も頷いた。卯月も利鞘と同じ共通教養を選択していたとは初耳だ。今日は初めてのことが多い、と木虎は思う。二人だってきっとこれから初めての経験をするだろう、と思うと少し罪悪感が湧いてくる。
横森を捜しているということは横森の状態を知らないのだ。それが誰に責められることがあるのだろう。ともすれば横森が一番自分を責めるだろう。あの芯が抜けているような笑顔で、ごめんなさいねと言うのだ。

「委員会室に居るよ」
「さっき訪ねたんですけど居ませんでした」
「シュレティンガーの猫」

は?と卯月が木虎の返答に眉をしかめる。全くもってこの後輩は遠慮がない。木虎は肩を竦めて、それからプリンの空き容器を持ちながら席を立った。
食堂入り口にあるゴミ箱にスプーンと共に放り込んで、木虎は普段通りのペースで学生棟へと歩いていく。
学生棟の中にはサークルや研究会の部室や委員会室、小さな会議室や談話室がある。立地のせいなのか、夏でも少しひんやりとしたエントランスを横切る先頭はもちろん木虎だった。
委員会室の目の前までやってくるも、確かにドアについた擦り硝子の小窓から光が漏れる様子もない。静寂が耳に痛かった。木虎はドアの横に取り付けられている『意見箱』と書かれた紙の貼ってある赤いポストのダイアル式の鍵を開け、その中から更に鍵を取り出す。ここまでの流れでは疑いようも無いだろうそれは委員会室の鍵だった。
いいんですか?と利鞘が聞いてきたが、木虎は仕方ないだろーと軽い調子で委員会室の中に入ってしまう。二人も後に続いて入ると、いつもの委員会室の中が何か違った。木虎が歩いていく先、そう広くない小部屋の、ドアから一番遠い隅に何か白いものがある。利鞘がそれを見て一番最初にイメージしたのは救急車から運び出される担架だった。卯月が利鞘より一歩先に出て、訝しげな声を上げる。

「…横森?」

木虎の体が視界の間に入っているが、薄ピンクのパンプスに包まれた足が白いスカートから伸びているのが利鞘にも見えた。木虎は横たわる横森の近くに投げ捨てられていた鞄の中から電卓を取り出すと無造作に二人へと放り投げた。三メートルほどの距離を飛行したそれは案外すんなりと卯月の手に収まった。
利鞘と卯月が居ること、それよりも木虎が居ることに気付いているのか分からない。横森は何も言わず、全く動かない。利鞘はぐ、と拳を作ると固まっていた両足を叱咤して二人の傍まで歩み寄る。木虎はそれを止めようとも促そうともしない。
利鞘が横森を見下ろせる程まで進めば、その表情も見て取れる。横森はじっと横向きになったまま、ゆっくりと瞬きをしていた。生きている、と利鞘は安堵した。その瞳孔がやけに散大していようとも、音もなく静かに泣いていようとも、横森が生きていることに安堵した。
ことらちゃん、と横森の口が動く。音にはならなかったが、木虎は横森と目線を合わせるように、横森が寝る簡易ベッドの上で頬杖をついた。
しにたくない、と横森がまた呟く。今度は音だった。弱く、細い、声だった。
しにたくないよぅ。似合わぬ幼い口調で横森が続けると、木虎はゆったりと、いつもと何ら変わらぬ声色で返答をする。

「そうだなぁ、まだ死ねないなぁ」

木虎は横森にそう言って、立ち上がる。真横に立つ利鞘から木虎の表情は見えなかったが、横森の視線が木虎を追わずにいたことだけは知覚できた。

「さ、帰ろう」

利鞘はそのなんでもない声色で言われた言葉に耳を疑うが、木虎はさっさと委員会室の入り口へと戻ってしまう。
卯月が困惑したような顔をしているのがやけにおかしかった。

「ただの白昼夢だよ」

木虎は委員会室に鍵をかけ、それをポストに戻しながら淡々と言う。

「ほら、誰も居ないだろ?」

木虎は電気のついていない室内を如実に表現している、ドアについた擦り硝子を指さしながら、そう笑った。
作品名:何時か来る崩壊に告ぐ 作家名:こうじ