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海竜王 霆雷9

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 ふう、と、丞相は、そう言って微笑んだ。ここにいるものは、主人殿の幼少の頃を知っている。時間が足りなくて、どうしても竜にならなければならなかった主人殿は、人間界にいる保護者たちを思って、泣いていた。その気持ちを知っているから、そう依頼する。思い遣ることの大切さを、主人殿は、よく知っていて、誰に対しても、そうしている。この場のものは、それを、よく知っているから、微笑むばかりだ。
「美愛公主の婿殿は、よき理解者がいて、こちらの生活での苦労が少なくて済むだろう。そういうことなら、私は、賛成だ。」
 相国も頷く。人間から竜になるということに、当事者にしか判らない苦労というものがあるだろう。それを先に経験している現主人がいれば、美愛の婿殿は、その部分での苦労は軽減する。
「そういう用件かよっっ、深雪。それなら、主人として命じればいいだろうに。おまえ、ほんと、権力の使い方がわかってないな。」
 戻ってきた左滋将軍の元鎮も苦笑する。
「いや、それはおかしいだろ? 元鎮さん。」
「おかしかないよ、深雪。まあ、おまえだから、お願いのほうが効力はあるけどなあ。」
 反論した主人に、右滋将軍の端が言い返す。本来は、命じればいいことでも、大概が、「お願い」 という形にするのが、この主人だ。また、この「お願い」のほうが威力があるのは、ここにいる面子に共通もしている。なにせ、太子府時代から、「お願い」 と、小さかった主人は小首を傾げていたので、どうしても、聞いて遣りたくなるのだから、しょうがない。
「そうだよなあー、齢十数年なんて、まだまだ赤ん坊だ。」
 しみじみと、衛将軍の沢も、うんうんと頷いている。そんな小さいうちに、竜になるなんて、無謀とも言える。
「おまえも、そういうことを考える年になったのですね。私は、そのほうが感慨深い気がします。」
 衛将軍と共に幼少時から世話係をしていた蓮貴妃あたりになると、すっかりと大人になったと、感心していたりするので、すでに、別物だ。
「うっさいな、みんな、俺のことをなんだと思ってるんだ? もう、五人の子どもを育てて、七百年近く生きているっていうのに、子ども扱いしているほうが問題だろうがっっ。」
 それでも、竜としては、まだ若造という年齢であることは否めない。竜は、二千年を超える寿命を持っている。それからすれば、まだ若造の年齢だ。先代が、早々と引退したので、こんな若造のうちに主人になってしまった。本来は、見習い期間だと言っても問題はない。
「しょうがないだろう、おまえ、まだガキの年齢なんだからな。」
「まったくだ。悔しかったら、三食が二食になるようにしてみろ。そしたら、大人として扱ってやる。」
「おまえね、何だっていうけどさ。水晶宮の若主人だよ。それ以外は、やんちゃ小僧だぞ。」
「もう少し、大人しくしてくれれば文句はないのですけどねぇ。」
「ていうか、ちゃんと、肉を食え、肉をっっ。竜は肉食だっていうのっっ。」
「できれば、仕事以外の趣味も持って欲しいなあ。そういう趣のあることが皆無だよなあー、深雪は。」
「真面目なのはいいことだが、後見人のお方たちに、もう少し砕けて対応できないものか? 嫌味と文句が、果てしなく私に注がれているんだがな? 」
「滋養のクスリぐらい、苦いからと嫌がらずに飲みなさい。・・ったく、そういうところが子供だと言われるんだ。」
 一言、言い返したら、総攻撃を喰らった。うっと詰まったら、大笑いされる。概ね、図星で該当しているため反論が出来ない事柄ばかりだ。ほとんど、ここにいるものとは、親子ほどに年齢が離れているので、保護者ばかりだから、五月蝿い。公式でなければ、いつも、こんな調子だ。ちっっと舌打ちして、全員を睨んだら、妻が笑いつつ、手を挙げた。
「そろそろ、小言は治めてくださいな。・・・では、背の君。美愛の婿殿のことは、性急な対応をせず、とりあえず、表敬訪問という程度で考えておけばよろしいですね? 」
 夫の言葉を、適当に掻い摘んで、そう評す。確かに、そういうことだ。背の君の嘆きを、一番よく知っていて、心を痛めたのも、妻だ。そうしなければならなかったのは、重々、夫も理解しているし、自分も、それしかできなかった。だから、そんな目に遭わせたくないという気持ちも、よくわかる。同じように人間界から婿入りする美愛の婿殿は、成人してから、竜になればいいだろう。
「ああ、それでお願いしたい。」
 妻の言葉に、夫も頷く。
「丞相、廉姉上に言上しておいてください。後で、私たちもお願いに上がりますが、先触れを。相国、美愛の私宮の準備をしてください。それから、女官たちに言い含めておいて下さいね。左右の将軍、美愛が水晶宮近くに戻ったら出迎えて誘導してください。あまり、人目に付かないように、正門ではない場所より、お願いします。御史大夫、私宮の周囲を確認してください。」
 妻は、夫の意を汲んで、実務的な面の命令を出す。よくよく考えたら、この中で、自分が一番、元人間の子供の養育に詳しいのだと気付いて、笑ってしまう。夫が竜に成った時、両親は、その身を小さくした。夫は、少し特殊な生い立ちで、成人はしていたが精神的には幼く育っていたからだ。それを解消して、神仙界に馴染ませるためには、竜の年齢に合わせるほうが都合が良かった。
 ・・・・さて、娘の婿殿は、どのような方だろう。また、あの時のように小さな子供から始めるなら、さぞかし楽しいことだろう。・・・・・
 すでに、五人の子供を育てたものとしては、育児に関しては、何の不安もない。それよりも、気になるのは、人間界との途切れ方のほうだ。その如何では、また恋しいと泣くのを宥めることになる。妻としても、あの慟哭の声は、あまり耳にしたくない。できれば、夫の願うように、穏かにゆっくりと竜になることを考えてほしいと思う。




 女主人の飛ばした命令によって、各人が執務室から飛び出していった。そして、すぐに、それと入れ替わるようにやってきたのは、現長の正妻の廉だった。丞相の先触れに待ちきれずに、自ら出向いてきた。艶やかな女物の衣装ではなく、普段使いの男物の包を着て、髪も一つに束ねているだけで結い上げても居ないし供も連れていない。こちらも、非公式となると、こんな格好で、ふらふらしているのが通常だ。
「美愛が婿を決めたそうだな? 華梨、深雪。」
 腰に帯刀しているので、その飾りをかしゃかしゃと鳴らしつつ、廉は、主人夫婦の隣りに座る。どこから見ても、美丈夫の剣士にしか見えない。その廉に恭しく、お茶を差し出した蓮貴妃は、「その通りに、ございます、我が上。」 と、主人夫婦の代わりに答えた。
「さっき、頤さんが頼んでくれたと思うんだけどね、一姉。」
「ああ、わかっている。白竜王妃からも書状を貰ったよ。・・・おまえとは、まったく違う波動の持ち主で、たいへんやんちゃなんだそうだ。一喝で、眷属を黙らせたらしい。先が楽しみだ。」
作品名:海竜王 霆雷9 作家名:篠義