小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

目玉焼き売り

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「……『目玉焼き売り』? 変な屋台ね、目玉焼き売ってんの?」
「いや、それはないだろ」
 由紀の考えは、まあ誰でも最初に思いつくもんだろう。実際俺も思った。でも人だかりができている。並んでるわけではなく、ただ見物しているだけのようだ。ただでさえ込み合う狭い通路が、よけい通りにくくなっている。
「でもさ、なんかおもしろいのやってるみたいだよ。見に行かない?」
「いいぜ」
 何かパフォーマンスが終わったのか、少し人が減っていった。ここぞとばかりに隙間を見つけ、うまく一番前に行くことができた。
「はーい、目玉焼き売りのパフォーマンス、始めるよー! 見てない人は見ていきな! ほかじゃ見られない珍しーいもんだよ! 見た人も継続視聴料はとんないからどーぞどーぞ!」
 屋台のイメージのおじさんより、結構若い感じの男だった。鉄板ものらしく、吹き上げてくる熱風に、由紀が手で小さく顔を仰いだ。
「さっ、パフォーマンス目玉焼き! これがホントの目玉焼きだよ!」
 男はさと自分の左手を掲げた。何か握っているようだが、中までは見えない。指に力が込められると、男は左手を鉄板の上に差し出した。そこから、透明な液体が落ちる。液体というよりはゼリー状に近かった。
 それは真っ黒な鉄板に落ちると、ちょうど目玉焼きを焼いたときみたいにいい音がした。
「仕上げはこれだ」
 握っていたものの一部を足元に投げ捨て、残ったものを焼けるゼリー状の物体の上に乗せ、押し込んだ。由紀が押し殺したようにうめき声をあげた。俺は心の中であげていた。
「これぞ本物! 目玉焼きだ! ちなみにこれは牛のもんだからご心配なく」
 卵の黄身に当たる部分には、屋台の薄い布屋根をうつろに見上げる、黒目が開いていた。水分が蒸発したのか、最初に垂らされた白身部分は固まり始め、異形の目玉焼きが出来上がった。
「これはもちろん食べもんじゃないからね! はいっ、そんなところで俺の自信作、買って行かない?」
 フライ返しで手早く掬い取って、本物目玉焼きは皿に移された。当然だが、ここで帰っていく客のほうが多い。残ってるのは興味が湧いた、俺らと同じくらいの若者だけだ。一体この変な男の自信作とは何なのかと。
「はい、名づけて目玉串! ほとんどの中身はお餅だけど、運のいい人には目玉入り!」
「目玉ぁ? まさかさっきみたいに牛のとか……」
 見上げてくる由紀の表情から見るに、本気でビビっている。俺もそうだ。そんなもん入ってて、食っちまったら腹壊すぞ。
 男は鉄板の上に、ころものついたダンゴみたいな物を並べ始めた。どうやらその丸いのは餅らしいが、男いわく目玉かもしれないって言うんだから、とんでもないロシアンルーレットだ。
「さあさあ、買う人は? ああ、目玉は牛じゃなくて魚だよ。魚の目はDHA豊富だって言うだろ? 体にいいぞ!」
 なるほど。そういや一時期話題になったことがあった。安心したのか、若いやつらが買い始めた。
「まいどっ! 味付けはうすーい醤油だからな」
「一本百円みたいだけど……。あたしパス。マサは食べる?」
「んー……」
 俺食ってるやつらを観察した。ほとんどは全部ダンゴで助かっているようだ。
「うわ! これもしかして目玉?」
 一人が騒いだ。異物感に、わざわざ吐き出したらしい。そいつの友達が、手の上の物を凝視している。
「おっ、兄ちゃん大当たり! さあさ、食いな! 大当たりっつーことで一本オマケしてやる。がんばって食え!」
 また多く貰ったそいつは、ダンゴで紛らわして目玉を食うらしい。よくやるぜ。
「でも、大体はダンゴみたいだしな……。由紀、俺一本買ってみるよ」
「マサってばチャレンジャーだなー」
 たいして列もできていなかったので、すぐに買うことができた。ころも付きの餅もなかなかうまい。三個目を歯で串から引き抜く。噛んだ途端、口が動きを止めた。
「ん? どしたのマサ」
「……」
 無言で口に手をあて、中身を吐き出した。
「ちょ、なに戻してんのよ!」
 入れたばっかりだったからそんなにぐちゃぐちゃにはなってない。由紀もおかしいと思ったのか、そろそろと俺の手を覗き込んだ。ころもを取って、その中身を見る。
「これ……目玉? 当たっちゃったの? マサ」
「っぽいな。でも、さっきのやつが持ってたのより随分形がいいけど……」
 きれいな球形だったのだろうが、ゆがんでるのは俺が噛んだせいだ。さっきのやつと同じく、俺も屋台の男に確認することにいた。下手したらこの男、間違えてさっきの牛の目玉を串にしたのかもしれない。
「あの……これ、魚のですか? なんかさっきの牛っぽいんですけど……」
 男は少し驚いた風に、俺の手の中のものを見つめた。男の大きい、まるでくじの一等賞を当てた子供を喜ぶような声は、しばらくしてから響いた。
「兄ちゃん、超大当たり! 今回一個しか入れてない人間の目玉だよ! ああ、ちゃんと消毒してあるし、火も通したから腹は壊さないぞ。さ、どうする? 食うか?」
作品名:目玉焼き売り 作家名:透水