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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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第4章 夢見


 周りの壁や床は鼠色の金属でできており、走りなどしたら大きな足を音が立ってしまう。横幅三メートルほどの大きな通路を、セレンはなるべく摺り足で歩いていた。
 足音だけに注意を払っていてはいけない。いつどこから人が飛び出してくるかわからなので、聴覚を研ぎ澄ませて耳を常に立てておかなければいけないのだ。そのため、セレンの疲労は雪のように深々と積もっていった。
 シュラ帝國が世界に誇る超巨大飛空挺〈キュプロクス〉の内部は、そこが飛空挺の中であることを忘れてしまうほど広く、まるで巨大な鉄の要塞の中にいるような感覚だ。
 セレンはここに連れて来られたときの記憶を辿り、出口までの道順を思い出そうと勤めるが、そもそもセレンは出入り口から入ったのではなく、空間転送によって艦内に連れて来られたのだった。それにここに連れて来られた当初は、極度のパニック状態にあり、通ったはずの道ですら覚えていなかった。
 セレンの足が不意に止まり、顔が強張る。
 金属の床に響き渡る足音。
「その場を動くな!」
 男の声が響き渡り、セレンは泣きそうな顔をして後ろを振り向いた。
 二人組みの兵士が駆け寄ってくる。
 ライフル銃、ハンドガン、ナイフを装備しているが、そのどれ一つも構えていない。兵士たちはセレンを無傷で捕らえろと命令されていた。だが、セレンをそんなこと知らないので、殺されると思って必死で逃げる。逃げれば当然、相手も必死で追って来る。
 僧服の裾を激しく揺らしながら走るセレンの視線に、エレベーターが飛び込んで来た。
 運がいいことに、ちょうどエレベーターはこの階に停止中で、セレンは手動のドアを急いで横にスライドさせ、エレベーターの中に乗り込んだ。
 手動ドアを閉めようとしたセレンだが、ドアの隙間に男の手が伸びる。
「ごめんなさい!」
 と叫んだセレンは、男の手に構わずドアを閉めた。
 ドアに手を挟まれ、『うがっ!』と重い空気の塊を口から吐いた男が、苦痛に表情を歪ませながら手を引いた。
 エレベーターは兵士たちの目の前で下がって行った。
 密室の中でセレンはパニック状態に陥っていた。
 ――逃げなきゃ!
 それだけが頭の中を駆け廻り、逃げるためにどうしたらいいのかまで頭が廻らない。
 冷静になろうと呼吸を整えようとするが、呼吸は荒くなるばかりで、心臓の鼓動は激しいドラム演奏のように鳴り響き、セレンは足元から崩れて床に尻餅を付いた。
 頭の天辺から意識がすーっと抜けていくような感覚に陥り、目がチカチカしはじめた。
 壁にもたれ掛かろうとしたところでエレベーターが停車し、セレンは必死の思いで立ち上がると、渾身の力で手動ドアを開けた。
 待ち伏せはなかったようだ。それもそのはずで、このフロアにいるのはセレンを含めて人間は二名。このフロアに来るための唯一の道はエレベーターのみだった。だが、セレンはそんなことなど知る由もない。
 覚束ない足取りで歩くセレンの前に、とある部屋から出てきたばかりの白い影が立ちはだかった。
「あら、シスター、御機嫌よう」
 甘ったるい声を漏らしたのはライザだった。
 セレンの運もここまでのようだ。
 逃げることをやめたセレンにライザが踵を鳴らしながら歩み寄ってくる。
「アナタも見かけによらずおてんばさんなのね。あの部屋がお気に召さなかったのかしら?」
「別にそんなんじゃありません。わたしはただ……!?」
 ライザの白い繊手は伸ばされ、紅いマニキュアを塗った指先がセレンの頬を包んだ。
「アタクシと行動している間は、アナタの命を保障すると言ったはずよ? 少なくとも、アナタに利用価値がある間は」
 紅い爪がセレンの頬を傷つけた。
 柔らかな頬に一筋の紅い線が走り、痛みを覚える前にセレンはビックリして眼を剥いた。
 頬に伝わる生暖かく柔らかい感触。それは艶かしく動き、紅い血を美味しそうに舐め取った。
 セレンの頬から顔を離したライザは恍惚とした表情を浮かべた。
「アナタ処女でしょ?」
「はい!?」
「血の味でわかるのよ」
「変なこと言わないでださい!」
「アタクシは魔導師だからわかるのよ。あの坊やとはまだ寝てないみたいね。あの子、意外に奥手なのかしら?」
「勘違いしないでください! あたしたちそんな関係じゃありませんし、だってアレンは――」
 セレンが最後まで言い終わる前に、エレベーターから大量の兵士が流れ出してきた。
 一本道でセレンは逃げ場をなくした。
 すぐ目の前にはライザ、後ろには隙間なく通路を塞いでいる兵士。
 セレンは床を力強く蹴り上げた。
 白いロングコートの隙間を抜け、セレンは伸ばされるライザの手も振り切った。そして、開きっぱなしになっていた扉の中に飛び込むと、ドアの開閉ボタンを叩いてドアを閉めた。
 兵士たちの声に紛れてライザが叫んだが、それはすぐにドアの向こう側に消えた。
 閉められたドアは向こう側から開かれることはなかった。なぜなら、ドアの開閉ボタンは、セレンが火事場の馬鹿力で叩いた衝撃で、バチバチと火花を散らし壊れてしまっていたのだ。
 口を半開きにするセレンだったが、これは好機だ。いい時間稼ぎになった。セレンの運はまだ続いているようだ。しかし、これは今まで運が悪かった反動か、これから運が……。
 部屋の中は薄暗く、蒼白いライトだけが心細げに点っていた。
 セレンは見た。硝子の向こう側にいる世にも美しい存在を――。
 紅白の翼を持つ?少女?は、膝を抱え壁の一点を見つめているようだった。
 硝子の向こう側にいる?少女?に気づいてもらおうと、セレンは硝子を力いっぱい叩いたのだが、硝子は衝撃も音も吸収してしまった。魔導的なコーティングをされた硝子は、物理的な衝撃及び、音などを吸収してしまうのだ。
 ドアの前に廻るが、そこでセレンの動きが停止する。――開け方がわからない
 電子ロックを解除するには、カードキーを差し込み、暗証番号を入力する必要がある
 恐る恐るセレンは指を伸ばし、番号の描かれたボタンを三つほどプッシュした。が、なにも起こるはずがない。
 再び硝子板の前に立ったセレンは深く息を吐いた。中にいる?少女?は先ほどからまったく動いていない。
 もはやセレンにはどうしようもない状態だった。
 この部屋から逃げるすべもなければ、唯一の出入り口の扉は、そのうち外側から壊されるだろう。これでセレンも万事休すだ。
 だが、セレンが万事休すになっても、この場にはもうひとつの存在がいた。
 まったく動かなかった?少女?が、ついに自らの足で立ち上がったのだ。
 大きな翼を広げ、光の粒子を散らすも、?少女?の瞳は未だ夢現。完全に覚醒め切っていない。それでも?少女?は本能か、それともプログラムか、なにかに呼ばれるようにフラフラとしている。
 はっとするセレンが見守る中、?少女?は硝子の向こう側でなにかを呟いた。
 その呟きは硝子のこちら側にいるセレンには届かなかったが、中に備え付けてあったマイクはしっかりと?少女?の声を拾っていた。
  ――迎えに来る。
 その呟きは誰に対してのものか?
 ?少女?は軽く硝子に触れた。それだけだった。それだけで硝子は煌びやかな粒子に姿を変え、霧のように辺りに四散した。