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ぬるめのBL作家さんに100のお題

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春を飛び越して






生まれる前。母親のベッドが隣だった。
生まれた後。引っ越したあとの家が隣だった。
幼稚園。
小学校。
中学校。
学区が同じだったし、私立に行く理由も特になかったから当然のように一緒だった。
小学校は4クラス、中学校は9クラスあったのに、先生方の作為を感じるほどに毎年クラスが一緒だったのはどうしたことかと思ったけど、仕方ないかくらいに思っていた。
高校。
公立の受験の前日にインフルエンザにかかった。志望校は二次募集をかけなくて、仕方なく受かっていた私立に行くことにした。教室に入ったら「なんでいんの?」と言われた。お前こそなんでいる。
大学。
一般入試とスポーツ推薦。学部こそ違ったが、最初の2年、必修科目はそこそこ被る。家はどうせ隣だからよく出くわす。夜中にコンビニ行くと会ったりもする。
生まれてこの方22年、腐れ縁もここまで来るともはや怖い。

「こむー」
「何だ」
「今日うちの親たちいねぇじゃん。だから泊まれっておばさんが」
「・・・は?」
「どうせ最後なんだからゆっくり話しなさいよとかかーちゃんが」
「お前に自分の意見はないのか」
「別にやじゃなかったし」

今日で最後。
そうだ、明日、俺たちは大学を卒業する。
お互いどうにか就職を決めた結果、家を出ることになった。ずっと隣で22年、初めて離れるときが来た。明日の卒業式のあと、研修のために俺は家を出るし、来週には寮に入る寺川が家を出て行く。研修から帰ってきたら俺も引っ越すし、この先帰ってくることがあっても今までのように会うことは確実に少なくなる。
最後。
そう、最後か。
息子が22年育った家を明日出て行くというのに、うちの両親は寺川の両親と一緒に町内会の旅行へと朝早く出かけて行った。

「そんな少ない荷物で行くの?」
「仕事だしな」
「ふーん・・・かーちゃんがシチュー煮てくれたからさ、とりあえずうち来れば」
「洗濯物入れたら行く」
「おっけ、シチューあっためとくわ」

開け放した窓から少し冷たい風が入ってくる。人なつっこい顔で笑った寺川が自分の部屋の窓を開けたまま部屋を出て行ったのが見えた。俺も自分の部屋の窓を開けたままで反対側の部屋に洗濯物を取りに行く。親の寝室の物干し竿にハンガーを引っかけて、昔の癖でついベランダの柵に足をかける。
高校まではよく、お互いにこうやって行き来していた。
寺川は高校もほぼスポーツ推薦のようなもので、サッカーばっかりやっていたから課題やら何やらをよく聞きにきた。メールでいいだろ、というような用件まで、深夜に俺の部屋の窓を叩いては「課題が終わらない」と泣きそうな顔をしてたっけ。
柵から足を下ろす。玄関に向かおうと部屋の扉に手を伸ばしたら、後ろから声がした。

「こむ!」
「・・・・ん?」
「面倒だからそのまま来なよ」

向こうのベランダの柵に肘をついて、寺川は同じ顔で笑った。
正しくはさっきと同じ顔じゃなくて、毎日のように一緒にいた、あの頃と同じ笑顔。
ベランダの柵に足をかけて、高校の頃に戻ったみたいにそのまま飛び越える。

「そーいや久しぶりだね、こういうの」
「だな」

今日はとことん飲もう!と寺川が耳元で叫ぶ。
こういうのも久しぶりだった。
22年のすべてを2人でいたわけじゃない。ただ少し、普通の友人より付き合いが長いだけだ。




酔った。
2人でシチューを食って、CSで録画したサッカーを見たところまではいい。イニエスタとビジャのコンビネーションで1点が入ったところまでは一応正気、だった。
どうもそのあたりからの呂律が怪しい。俺も寺川もあまり酒が強くないから普段はセーブして飲んでいるはずだったのだが、明日卒業式があることも忘れて、買ってあった酒がどんどん減っていく。

「俺さぁー」

テーブルにグラスを叩きつけるように置いて、据わった目線がぴたりと合う。

「こむになりたかったんだよねぇ」

ふいと視線を外して上を向く。まぶしい、と笑いながら目を覆った。

「こむはあんまり考えたことないと思うけどさぁ、俺は今まで近くで見てて、一種の憧れみたいな感情を持ってたんだよね。俺はずっとサッカーでここまで来てるけど、こむって割となんでもできるじゃん。高校も大学も普通に入ったら結構なとこなんだよ、俺たちの母校。勉強もできるし運動もそこそこだしさ、後輩とかからも慕われてたじゃん。俺知ってんだよ。
俺は良くも悪くもサッカーだけってかさ。俺からそれ取ったら何が残るか分からないっつーか、」

口に含んだ酎ハイを転がす、飲み下す頃には炭酸の抜けたただのレモン味。寺川は今度は下を向いている。

「・・・俺は」

続きを待たずに今度は俺が口を開いた。普段言えるはずもない言葉がすらすらと口をついて出て行く。

「お前みたいに何かを持ってるわけじゃない。寺川が今まで推薦取れるくらいサッカーに注いだ力と同じように、同じ大きさの力を勉強とか運動とか部活に分配してるからできるように見えるだけだ。実際どれを取っても何も残らない。あと別に寺川は自分からサッカーを取る必要はないと思う。十分な武器だ」
「・・・そっか、こむはそんな風に思ってたんだ、へぇー」
「笑うなよ」
「だって今まで聞いたことないもん、どう思ってるかとか。こむあんまり言わないじゃん」
「・・・素面じゃ言えない」
「そっか」

ありがと。
寺川がぼそりとつぶやいた。底抜けに明るいいつもの寺川の声とは違う、聞いたことがないような大人びた声がした。
寺川は俺になりたかったと言った。だけど俺は寺川になりたかった。
何か持っている寺川がうらやましかった。サッカーだけじゃない。敵を作らない人当りの良さだとか、憎めない馬鹿さ加減とか。俺にないものをたくさん持っている。月並みの努力だけじゃどうにかもならないものたちを。
これは酔ってる今でも言えないけれど。

「これから先、恋もするんだろうけどさ」

赤くなった顔で寺川が笑う。そう、こうやってすぐ笑えるところも。

「俺のあこがれのひとは、これからもこむなんだろうなぁ」

俺はきっと好きだったんだと思う。
おそらく、そういう種類で。