小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

掃除当番

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「今度の準備室の掃除当番は君なのか」
 理科を担当する門桝先生ははたきを片手にそう言った。
「はい。よろしくお願いします」
と、私は答える。
 この理科準備室の掃除は、いつの間にか一人でする仕事になっている。
 おそらく門桝先生が温和で、掃除を手伝ってくれるし、何よりサボっても何も言わないから、一人も行けばそれで良いだろうということなのだ。
 慣れた様子の先生はそれきり何も言わず、一人でパタパタはたきを振るっている。
「先生」
 私はつまらないので、何事か話しかけてみる。
「先生は彼女はいるのですか」
 他愛もない話だ。
 先生は振り返ってにっこりと笑みを作った。
「いません」
「必要だと思わないのですか」
「何故必要だと思うの?」
「何故でも。先生は大人だから」
「君は意外に、子供のようなことを言うね」
「子供ですから」
 私は開き直った。
「大人は恋人によって自分を安定させているのだと思っていました」
「うん。間違いではありません。
 特に一人暮らしなどしていると、誰も自分を見ていてはくれない不安に襲われるんだ。
 だから恋人がいて、それで自分の存在を確定できる人は幸せだと思うよ」
「でも先生には必要ないのですか」
「必要なくはないよ。ただ、今はいなくて、いないことに不便を感じないだけ」
「そうですか」
「でも、僕に彼女はいません。ごめんね」
 先生は何故か謝った。
 私は首を振って、
「いえ、良いんです」
と言った。
「じゃあ先生は、友達はいますか」
「それはいます」
「何故ですか」
「何故ってことはないでしょう」
 ふふっと笑って、先生は言った。
「友達がいないと寂しいでしょう?」
「寂しいですか」
「うん。君は?」
「私は、そうでもないです」
「君は一匹狼か」
「そのようです。その方が平和です」
「ホントかな」
「先生は違うようですね」
「うん。君の平和と僕の平和は少し違うようだ」
 はたきを振りながらぐるりと一周した先生は、今度は物干しから雑巾を取り上げて水道水で濡らした。
 私はまだ箒で掃いている。
「僕は周りにたくさん人がいてくれるほうが、安心するな。
 勿論人それぞれだから、君のが悪いと言ってるわけじゃない」
 雑巾で机を拭いてゆく。
「例えば病気をしたとき、誰かがお見舞いに来てくれると嬉しい。
 例えば仕事でミスをしたとき、誰かがフォローしてくれると助かる。
 それは弱さなのかもしれないけれど、弱いからこそ人のありがたみが分かるんだ」
「弱さを受け入れるのですか」
「受け入れないと生きていけない。
 それが人間の虚しさかもしれないよ」
 私は黙って掃除を続けた。
 先生もそれきり何も語らなかった。
 窓から夕日が眩しいくらい差し込んで、二人して目をすがめた。
作品名:掃除当番 作家名:ハル