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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガール.#1(9~14節まで)

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10.



 こんなに穏やかな気持ちで眠ったのは、本当に久しぶりかもしれない。
鼓膜を叩く、水がさざめき、たゆたう音。
羽毛の中に包まれているような、柔らかな暖かさ。
 とても優しい時間だった。
人生の全ての時間が、こんな風に優しく穏やかであれば、
なんと素晴らしいことだろう。
 現実の時間は、荒波のように激しく、多くの人々の雑多な
足音と喧騒が途絶えることがない。
世界は人の分だけ余分にスペースが取られ、他人に遠慮して
自由に動くことさえままならない。とても、窮屈な時間だ。
 ここでは全てが自由で、全てが優しい。
眠りの世界の優しさは、花の蜜のような甘さと、
疲れた体と心を一つどころに繋ぎとめようとする、抗いがたい魅惑の力を持っている。

 それでも、いつかは眠りから覚める時がやって来る。
『このままではイケナイ』と――『いい加減に切り上げて、
行動を起こせ、体を動かせ』と警鐘を鳴らすまっことうるさい奴。

 その正体は、『時間』。
人の時間は、一日の中において習慣とスケジュールをこなす為の
予定でびっしりと埋まっている。それは、なぜかと言えば生きるため。
つまりは、『生活』をするため。
 食事、排泄、運動、勉強、仕事、入浴、睡眠。
それらをこなす為に、起きなくてはならないのだ。
 14歳のいたいけな少女であるミミリ・N・フリージアにも当然、
優しい眠りの時間と決別して、習慣とスケジュールをこなし、
『生活』をする為に一日を始めなければならない時がやってくる。

 ――どこからか声が聞こえた。
「――…。――」

          時間だ。さぁ、目を覚ませ。

      一日が始まるぞ、『生活』の時間だ。

  辛く不幸まみれの現実だろうと、体を維持し生きるために
やるべき事をやるのだ。
 
       さぁ、さぁ、さぁ(Hurry,hurry,hurry!)
 
 ――ほんの一瞬だけ、朧気に。
それは、自分のよく知る――
 「――リ」
(叔父様…?)

          起きるんだ(Wake up!)


 目が覚めた。
背中の弾力ある感触から、ビーチ用のリクライニングチェアの
座上にいると言うことが判った。
ミミリは、チェアに横たわったまま、
寝覚め冴え渡らない目で、辺りを見回してみた。
 そこは、プールサイドだった。
夢のなかで水のたゆたう音が聞こえたのは、そのせいだったのかもしれない。
 プールを隔てた向こう岸には、お城のようにでかい、白亜の邸宅があった。
その庭口の巨大なテラス窓が大きく口を開けている。
 次に、自分の体に目を這わせた。
ワンピースの淡いピンク色の水着を着ていた。
誰がどうやって、自分に着せ付けたのだろうか。
 いいや、そんなことより。どうやって自分は宇宙の真っ只中から、
重力の働く”地に足の着く場所”へとやって来れたのだろう。
そちらの方が、とても気になった。
思い出そうとしてみたが、どうにもその前後の記憶だけが空白のように
スッポリと頭から抜け落ちていた。

 「お。目を覚ましたようだな、嬢ちゃん」
背後からの声に気がついて、ミミリは振り返った。
 透過遮光バイザーをかけた、ぼさぼさとした
金髪碧眼の青年が視界に入った。
裸体の上半身に黒いパーカーを羽織り、
南国調柄のトランクスパンツといった出で立ち。
どことなく、そう。例えるなら――
不良っぽいアウトローなビジュアルの青年だった。
 少し怖そうな人だとミミリは思ったが、自分を見つめ
る青年の雰囲気は、慈しむような穏やかさと優しさがほんのりと感じられた。
なんというか、底知れず曖昧で、とことん人間味のありそうな人だと感じた。
 「おい、凛。嬢ちゃんが目を覚ましたぞ」
 「そう大声を出すな。聞こえている、ヒューケイン」
 不良青年――ヒューケインに呼ばれて、ミミリの視界の中に入ってきたのは
燃えるような赤色の、ウェーブがかった長い髪を持つ少女だった。
 体から発している雰囲気は”凛然”として堅く、隙がない。
物事に対して0と1がハッキリしており、
どこか機械的で、無機質な硬質さを感じた。
 人間味あるヒューケインがアナログであるなら、
凛は機械的なデジタルの属性。全く正反対の性質を持つ対照的な二人。
 凛と言うらしいその少女は、バストからお腹のラインと肌がはだけて見える
大胆なデザインの水着を身につけていた。
どちらかというとその体つきは『少女』と言うより、
『女性』と言ったほうがしっくり来る、成熟された体躯だった。
 二人の外見と成育の度合いから察するに、
彼らは少なくとも自分より幾らか年上なのだろうとミミリは推察した。
 「失礼する」と言って、凛はミミリの顎を掬い上げた。
次に、左手で眼瞼を開け、反対の手に持ったペンライトの
ようなもので瞳孔を照らし。
 「口を開けて」
続いて口内を確認した。
 最後に、その細長い靭やかな指で、ミミリの体をそこかしこと触って回り、
「うん、異常はないようだな」と言って触診をし終えた。
 「不躾を許して欲しい。挨拶が遅れた。
私は、凛・A(アキレア)・アルストロメリア。
プランタリアで教練指導官をやらせてもらっている。
で、こっちのヤンキーが…」
 「誰がヤンキーだよ、この『早熟ババァ少女』。
俺は、ヒューケイン・D(ダリア)・プラタナス。
凛とは、同じ遺伝子を持つ同位体の異性タイプという間柄さ。
いわば、『姉弟』だね。とっても双子には見えないだろう?
あ、ちなみに凛とは同い年な」

 視界の外で『早熟ババァ少女』と言われて、
むっと顔をしかめている凛はさておき。
ミミリには、この二人がマジェスターであるということが本能的に認識できた。
 潜在意識が、『同族』だと訴えかけて来るのだ。
加えて、ファミリーネームにマジェスター属性識別コードの
役割を持つ、草花の名前を冠しているのもその理由だった。
 (あれ?この二人ってもしかして…)
 ミミリは、二人の名前を聞いてあることを思い出した。
 ――プランタリアの士官学生でありながら、軍にのみ
配備されている<アクエリアス>の装着を学園長と
コロニーの最高責任者である管理事務次官に許可された、
十人のマジェスター達。
通称<リミテッドテン>――この二人がそのメンバーだと言う事を。
 彼らリミテッドテンこそ、プランタリアを守る<英雄>。
その活躍は、学園の案内資料や政府広報はおろか、新聞雑誌各メディアで
取り上げられるほど有名だ。
 だとすると、自分は今とんでもない雲の上の
人達と話しをしているのでは――
夢のような、信じられない事だった。
 ミミリは、光が3畳間の個室を満たすのにかかる時間ほど
呆気に取られてから、おずおずと口を開いた。
 「…あ、こちこそお世話になりまして。ミミリ・N・フリージアです。
あのぅ、所でここは、どこなんでしょうか」
 それを聞いて、ヒューケインが突然、高笑いをした。
 「…ァハハッ。どこかだって?決まってるだろ」
と、一泊置いて
 「プランタリアさ。
ようこそお帰り我らが同胞、ミミリ・N・フリージア」
 
 帰ってきたのだ自分は――学園都市コロニー<プランタリア>に。