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出張先のプラットホームから見た外の景色は、鬱陶しい小糠雨だった。
 今日の出掛けの天気予報より早い、雨到来。憂鬱さの増した表情で男は煙草を取り出した。安い紙煙草、パッケージには吸い過ぎに御注意ください。
 今の会社に入社して十年。
 出張にももう慣れた身。持ち物は最小限度の荷物が詰め込まれた鞄だけという状態で、傘なんて当然持っていなかった。
 選択肢は二択だ。駅前で安物のビニール傘を買うか、自費でタクシーに乗るか。
「昔は出張費にタクシー代が含まれてたもんだがなぁ」
 思わずぼやいた声が遠い。切迫してきた経営難に切り詰められた出張費を思うと、水を含んだ冷たい風が身にしみるような気がする。
『私を使ってください』
 そんな札のついた傘を見つけたのは丁度その時だった。
 札がついている以外は何の変哲もない、蒼い色の傘。
 辺りを見回して誰もいないことを確認したうえでなお数十秒ほど手に取る事を躊躇ったのは、あまりにも不自然だと思ったから。
 けれどもその想いに好奇心と現状況が負けた。背に腹は変えられない、と柄を握る。
 予想以上にはるかに手に馴染む感触。煙草を咥えた口の端から、ほぉ、と意外そうなため息が漏れた。
 ばね仕掛けの簡単さで、ボタンを押すだけでパンっと音を立てて開く蒼は、夏の空の色。それも陽炎が立つ真夏日の空だ。
 昔から延々とこの頭上に存在する蒼。悠久の色。
 歩きつつ差せば、傘の蒼は水を弾きながら分厚い雲の姿も変える。夏の入道雲。
 ―――一足早い夏到来。
 明日は傘を返しにこないと。呟きを最後に落として、男の姿は春も終わりの街へと溶けていった。
 残像だけ、蒼く残して。
作品名: 作家名:睦月真