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赫く散る花 - 桂 -

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春、








 風が吹くと、枝からたくさんの花びらが零れた。
 桜が満開である。
 川沿いの道の桜並木を眺めながら、桂は歩いてた。
 隣には銀時がいる。
 花見をしようと言い出したのは銀時だった。
 まあいいか、と思って桂は承諾し、ではエリザベスも連れていこうと言ったら、銀時にエリザベスはダメだと断られた。なぜか銀時とエリザベスは仲が悪い。あの後、銀時と少し口論になった。
 攘夷戦争中に知り合ってからはほとんどずっと一緒にいたので、お互いに慣れていると思っていたが、関係が変わってみるとそれなりに問題があった。他人から見ればささいなことでもどうしても譲れないことがあり、それを強硬に主張しているうちによく喧嘩にまで発展した。
 けれど、今は関係が変わった当初と比べてかなり落ち着いてきたほうだと思う。これぐらいなら譲ってもいい、折れてもいい、と判断できるようになった。だから、エリザベスはつれてこなかった。エリザベスと花見したければ、後日、ふたりですればいい。
 それにしても、と思う。
 それにしても、桜の花を眺めながら行く人々はなぜあんなに幸せそうなのだろうかと思った。皆、悩み事などなにひとつないような明るい顔をして歩いている。
 たとえ悩んでいることや苦しんでいることがあっても、今ひとときだけ完全に忘れてしまっているのだろう。
 桜の花の下には日常とは切り離された空間があるのかも知れない。
 ふいに。
 背後に迫ってくる気配を感じ、道を空ける。
 銀時も同じようにさっと退いた。
 桂と銀時の間を五歳ぐらいの少年が駆けていく。
「待て、待ちなさい!」
 少年の後を男が追う。
 男の呼びかけに反応して少年は足を止め、ふり返る。親しみのある無邪気な笑みを男に向けた。
 親子なのかと桂が思っていると、さらに女が急ぎ足でやってくる。女は少年に近づいていき、ふと、桂と銀時をふり返り、頭を下げた。うちの子が迷惑をかけて申し訳なかったとでもいうように。
 その後、少年はどうやら母親らしい女と手をつなぎ、そして隣にいる父親であるらしい男を時折見あげながら歩く。
 少年を真ん中にして三人横並びの後ろ姿が遠ざかるのを見て、桂と銀時はどちらからともなく歩き出した。
 そして、桂は思う。もしもあんなことがなければ、自分にも彼らのような幸せがあったかも知れない、と。
 もしも彼女にあんな不幸が襲わなければ、さらに彼女が死ななければ、彼女と自分とその子供の三人で桜の花の下を歩いていたかも知れない。
 けれど、と思う。
 激情に駆られて戦に身を投じるということがなかったら、いま隣を歩いている男と出逢うことはなかっただろう。互いに、相手のことを知らぬまま一生を終えただろう。
 どちらのほうがよりいいのかなんてわからない。
 ただ。
 桂はチラと横目で銀時を見る。
 すると。
「……なんだ?」
 訝しげな声で銀時は聞く。
 桂はふっと表情をゆるめ、そして言う。
「幸せだと思ったんだ」
 しかし、銀時は首を傾げた。
「なにが?」
 まるでわからないといったな顔をしている。
 どうするか桂は一瞬迷った。
 結局、わかるように説明してやることに決める。
「今こうしてお前と一緒に歩いていることが、だ」
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio