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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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第八節 地獄の扉


 陽の下を生きるものたちが寝静まった頃、眼を充血させたAは部屋を出た。
 少し動悸がするようだ。手にも汗を握っている。夕食から今間までの時間、とても長いものに感じられた。
 閑散たる廊下。明かりすらも灯っていないその場所を、目を凝らしながら壁に手を伝いながら歩く。
 テラスの先に見える月明かり。蒼い天幕が空を覆っている。
 大階段を降りた時、Aは気配を感じて物陰に潜んだ。
 ゆらりゆらりと揺れながら、ランプの灯火がこちらに近づいてくる。
 暗闇の中からぬうっと現れた強面の男。血色が薄く、額に縫い跡があるその男は、たしか昼間あの井戸で見た大男。
 見回りでもしているのだろうか、大男はランプを片手に辺りを入念に調べながら、ゆっくりと歩んでいる。
 Aは大階段の裏へ行きたいが、大男に見つからないように移動しているうちに、いつの間にかまったく違う場所へと追いやられてしまった。
 後ろから迫ってくる大男に気づかれぬように、足音を立てずに一本道の廊下を走るA。そのまま食堂まで来てしまった。
 大男の様子を窺うと、運が悪いことに食堂に来ようとしている。さらに追い詰められてAは食堂の奥から台所へ移動した。
 調理台の陰に身を潜めるが、こんな場所ではすぐに見つかってしまう。焦ったAの目に入ったのは勝手口であった。
 すぐに勝手口の内鍵を開け外に飛び出した。
 外に出てしまったAは目的地を変更することにした。心当たりのあるもう一つの扉だ。
 月下で見るその門は、昼間よりも格段に不気味さを増していた。形を変えぬ筈の悪魔の彫刻たちが、今にも動き出しそうなくらいだ。
 このマダム・ヴィーの館から、外へ通ずる巨大な正門。
 さっそくAは持っている鍵を鍵穴へ差し込んでみた。だが、深く差すこともできず、鍵は半ばで止まってしまった。念のために回してみるが、やはり動かない。
 扉には左右二つの鍵穴があり、さらに念のためもう片方の鍵穴にも差し込んでみるが、結果は同じだった。
「違うのか……」
 その呟きは鍵穴が合わなかったことではなく、鍵を渡された理由が想像と違っていたと思ったからだ。Aはこの鍵が自分を外の世界へと解放してくれるものだと、心の片隅で期待を抱いていた。だが、門はその重い口を開くことはなかった。
 疑問が再燃する。
 この鍵でどこの扉を開け、そしてそこで何をしろというのか?
 鍵を渡された理由が見当も付かない。Aは途方に暮れそうになりながらも、思い当たるもう一つの扉のことを考えた。そろそろ見回りも終わった頃だろうか。
 しかし、その前にAには確かめたいことがあった。
 さっそく月明かりを頼りにその場へ向かう。
 昼間のその場所はもの悲しい場所であったが、夜のその場所は気味が悪く静まり返っている。裏庭の一画ある墓地だ。
 退廃した墓石たちに囲まれ、その粗末な十字は今にも倒れそうになっていた。
 Gが埋められているという墓。
 そして、手向けられてた花。
 花はGの墓だけでなく全ての墓に供えられていた。
 感慨深い表情をしながらも、気持ちを一転させてAは木の十字架を引っこ抜き、それを使って土を掘り返しはじめた。
 冷たい夜風が吹かれながらも額に汗を滲ませるA。
 土は想像以上に硬い――まるで初めてその地面が掘られたように。
 時間を掛けて一心不乱に土を掘り起こしていくが、何も見つからない。棺すらもその場所には埋まっていないのだ。
 やがてAの手には肉刺ができ、擦り切れた傷が痺れるように痛んだ。
「……ない」
 掘り進めることを諦めたAは土を戻しはじめた。
 Aの掘った穴は棺を納めるには小さく、もしかしたら掘る場所がずれていた可能性も考えられたが、それはすぐに否定された。Aは土を戻しながらあることに気づいたのだ。その地面に雑草が生えていることに。
 点々と生えている雑草。その隙間を掘り返した程度の小さな穴では、棺に入っていない人すら埋めることはできないだろう。やはりここには何も埋められていないのだ。
 そうなるとGの屍体はどこにあるのか?
 なにも埋まっていないその場所に、Aは再び十字の墓標を立て、花を置いた。
 刹那、その場に鬼気迫る気配がした。気づいた時にはそれが眼前まで迫っていた。
 牙を剥く黒い獣。
 反射的にAは横に飛び退いて地面を転がる。
 鼻先に残る生臭い臭い。
 それは巨大な黒犬だった。
 筋骨隆々の躯が躍動し黒犬が再び牙を剥いてAに飛び掛かって来る。
 犬の凶器は一つしかない。爪を狩りの道具にする猫とは違い、犬は真っ先にその牙によって獲物を仕留める。
 Aは目に飛び込んできた木の墓標を手に取り、それを黒犬に噛ませた。そして空かさず犬の口を押さえる。犬の涎がAの手にこびりつく。
 暴れ回る犬の力は想像以上に激しく、Aは振り回されそうになるのを必死で堪え、さらに強靱な顎の力によって開こうとする口を押さえるので精一杯だった。
 そんなさなか、さらなる危機がすぐそこまで迫っていた。新たな刺客。今目の前にいる犬に加えて、さらに二匹の黒犬がAを取り囲んでいたのだ。
 ここで押さえている手を離せば、すぐにでも目の前の獰猛な獣は襲い掛かってくるだろう。かと言ってこの場を離れなければほかの犬に襲われる。
 危機を回避する術を失ったAに取り込んでいた二匹の犬が襲い掛かって来た。
 生臭さがして噛み殺される寸前、急に犬たちが動きを止めた。それでもまだ気が立っている様子で、睨み付けるようにAを見張りながら涎を垂らしている。Aが口を押さえていた犬でさえ動きを止めてしまっている。
 戸惑いながらAが辺りを見回すと、鬼火のような灯火がこちらに近づいてくる。
 Aは息を呑んだ。
 その場に現れたのは、あの大男だ。
 地面に尻餅をつきながら全身の血を引かせているAを、大男はじっと見つめているようだった。明かりが弱くその表情まで読み取れず、言葉すら発しないために、大男が何を考えているのかわからない。
 徐々に冷静さを取り戻してきたAは、失敗を犯してしまったという気持ちが募りはじめていた。こんな夜更けに、しかもこんな場所で、おそらくマダム・ヴィーの奴隷の一人であろう者に見られてしまった。このことは大男の口からマダム・ヴィーに伝えられることになるだろう。その時マダム・ヴィーはどんな反応をするのだろうか。
 マダム・ヴィーはどの程度の寛容さを持ち合わせているのか、Aの立場が危うくなることは避けられないかも知れない。
 大男がなんらかの合図をしたらしく、黒犬たちがAに背を向けた。そして、無言で立ち去る大男と共に闇の中へ溶けてしまった。
 未だに尻餅をついているAは、手に付いた土を払いながらゆっくりと立ち上がった。
 やはり勝手口から外に出たのは迂闊だったのか知れない。鍵が開いていることに気づき、大男が庭の見回りをはじめたことは十分に考えられる。
 Aはまだその場から動けなかった。
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)