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夢と現の境にて◆参

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夢から解放された瞬間、強烈な吐気に俺は布団の中でのたうち回った。両手で口を抑え吐かまいと努力するが、気持ち悪さに力が出ず、もう既に喉元まで到達しているだろう吐物を今にも外へと吐き出そうとしていた。洗面所に行かねばと上半身を少し浮かす。しかしそれすら叶わず、支えていた手に力が入らず、バランスを崩し倒れこんでしまい、我慢していたものを畳へと吐き出してしまった。堰が切れ止まらなくなった様に吐気は止まらず、とうとう残すは胃液だけというところまでになってもまだ吐き足りない。だが、最初よりはまだ気分がマシになったのか、漸く自分の身体に吹き出る冷や汗と震え、吐物の異臭に気づき、先ほど見た夢のことまで鮮明にぶり返してきた。駄目だ、何か他の事を考えなければ。だがそこまでの気力も体力もない。気持ち悪さに嗚咽を吐き涙を流すことしかできない。

すると、遠くから軽い足音が聞こえた。薄く襖が開いたと思ったら、すぐにまた足音を響かせ離れていった。千代か。もうすぐばあさまが来るんだ。そう思うと、どこか安心した。きっとこのまま一人でうずくまったままでいたら死んでしまうのではないかと思えてくる。早く、早く楽になりたい。吐くものがなくなったが今度は咳が止まらない。もう何もかもが気持ち悪くて、もう一度風呂に入って全てを洗い流したい。いや、一番洗い流したいのは頭の中だ。忘れたい。お願いだから、ぜんぶ、ぜんぶ…忘れさせて。

そこでグラリと視界が揺らいだ。どこかでまた先ほどとは違う足音と、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、俺の思考はもう既に現実の世界には留まってはいなかった。瞼がゆっくりと閉じられていく。

そして、俺は今まで恐れていた事が具現化するかのような、そんな『悪夢』を続けさまに見る事になった。それは、間宮が出てくる夢だった。正確には間宮の姿をした影だ。なぜ影だけで間宮と分かるかと言われても所詮は夢であり、自分がそう思うのだからそうなのだ。でも決定的な事を言えば、時折その影は色がついたように節々に間宮の顔や手、足、髪を見え隠れするように俺に見せた。全てを見なくても、それが誰であるか分からせるかのように。しかもその影の口から発せられる言葉は、いつもの心強く、自分を支え受け止めようとする彼の言葉ではない。

「会わなきゃよかった」「あんな嘘っぱちな話…信じるんじゃなかった」「もう、めんどくさい」「うじうじしてんじゃねぇよ、きもちわりぃ…」「俺ばっか苦労してばっかりじゃねぇか」「ま、ここまで小芝居に付き合ってくれてどうもありがとう」「大変だろうけど後は一人でがんばれよ~」―――――「まじ、辛いなら死ねばいいじゃん」

違う…違うちがうちがうちがう…!こんなの…こんなの間宮じゃない。間宮はこんなこと言わない。だっていつも…いつも間宮は…

―――お前がそう勝手に決め付けてるだけだろう?

どこかで囁くような声が聞こえる。誰。そう問おうとはしなかった。だって、これは…。

―――そうさ、お前はよ~く分かってる。俺が誰なのかも。あいつが自分をからかっているのもちゃんと分かってるんだ。

からかってる?間宮が?そんなはずない。だって間宮は夢の事…

―――たかが花瓶ごときで死ぬなんて世界中の誰が信じるっていうんだい?信じたふりしてお前を陥れようとしているだけさ

…。ずっと、騙されているっていうのか。今も、前からもずっとずっと、楽しんでいるって言うの?

―――そうとしか考えられないだろう…?考えてみろよ、お前の周りにあーんなお人よしがいたか?最後には裏見せて利用しようとしたり、お前を異端扱いしようとつけまわした奴だっていただろう?まだ、まだ懲りないのかい?そんな簡単に信じて、また同じ事を繰り返すつもりかい?自分が信じられる人間が欲しいばかりに、目の前に差し出された優しさに直ぐに甘えようとして、頼ろうとして。そんな単純で、馬鹿だからお前は…




―――――親の、死に様を拝むことになったのさ


作品名:夢と現の境にて◆参 作家名:織嗚八束