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桜田みりや
桜田みりや
novelistID. 13559
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空白の英雄1

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この世界は日々どこかから溢れてくる凶暴な奇獣と人間たちが戦争をしているような荒んだ世の中だった。
奇獣はいつしか魔獣と呼ばれるようになり、人々の敵は国や貴族ではなく魔獣たちだった。
そんな中でも平和な町というものはある。
この町も貴重な平和な町のひとつだった。とはいえ前線のひとつに最も近いこの町には、手柄を夢見る新米騎士や金に釣られてやってきた傭兵の溜まり場でもあった。酒場は毎夜静まることを知らず、当たり前のように朝方まで男達の声が止むことはなかった。

酒場の娘のミーファは今日も大忙しで母の用意するジョッキを運んでいた。
今日のお客さんも金品を投げ出してでも酒を煽りたい人ばかりのようで、いくらジョッキを運んでもお酒が足りなかった。ミーファはお酒を好きにはなれなかったが、飲んで騒いで楽しそうにしているお客さんを見るのは好きだった。
酒場も一段落してミーファは店主の前のカウンター席に座った。何時間か立ちっぱなしでふくらはぎがパンパンだ。
「ママ、お水ちょうだい」
店主は流れるような動きでグラスに水を入れ、ミーファの前に置いた。飛びつくようにグラスを手に取ると一気に喉に流し込んだ。
「ぷはっ。この一杯が体に染みる!」
勢いよくカウンターにグラスの底を叩きつけた。カツンと高めの音がしたが、店内はその音がかき消されるほど騒がしい。酔いはじめた男たちばかりだ。
「酒飲みみたいな感想ね」
「いーじゃん別に。それより」
ミーファは座り直して身を乗り出した。
「ちゃんとしっかり働いたんだからご褒美ちょーだい」
店主は別のボトルからグラスに注ぎ、ミーファの前に置いた。グラスの中は氷とグラスが反射しあい、まるで宝石のように輝いている。
「ぶどうジュース!」
喜んでグラスを掴もうとしたが、店主にスッとズラされた。
意地悪をされたと思ったミーファは店主を恨みの限り睨みつけてみた。
「仕事が先よ」
いつの間にかお盆の上にジョッキがひとつ乗っていた。だがミーファにはどこへ運べばいいのかわからない。先ほど全てのお客さんにジョッキを2杯づつと小さな酒樽を渡してきたばかりだ。もう飲み干すなんてあり得はしない。
そんなミーファの心中を察してか、店主が軽く手で示した。手の向く先はカウンター席の、ミーファの左隣の店の片隅だ。そこにひとり、老兵がうなだれている。今の今までミーファは彼の存在に気がつかなかった。
老兵は騎士には全く見えず、傭兵と言うには年を取りすぎていた。60歳ぐらいだろか、ミーファにはそう見えた。
「きっとすごい猛者よ。あの歳まで傭兵ができるなんて、かなり腕が立つに違いないから。さ、酒を持って行きなさい」
ミーファはお盆に自分のグラスも置いて老兵のジョッキを運んだ。近づいても彼はやっぱりうなだれたままだが、飲みかけのジョッキはしっかり握っている。よく見ると彼の奥の席には大きな剣が立てかけてあった。
「おじさん」
ミーファは隣に座ってジョッキを滑らせた。
「おじさん、新しいお酒よ。…起きてる?」
「…あぁ」
顔を上げた老兵は老兵というには若すぎるが、だからと言って格段若いわけでもない。ミーファは“おじさん”という言葉でしか彼を表せなかった。
彼はチラッとミーファを一別すると、飲みかけのジョッキを一気に飲みきった。飲みっぷりはまさに猛者だ。
「この酒場は子どもを働かせているのか」
彼はそう言うと空のジョッキをミーファのお盆にのせた。
当のミーファは突然の出来事に止まり、驚き、怒りを覚えた。この年頃の子ども達は子ども扱いを極度に嫌う。ミーファも例外ではない。
「私、子どもじゃなよ!」
怒りで腹の底から何か熱い感情がこみ上げてくる。こうなるとミーファを止められる者は誰もいない。
「ちゃんとそこはおじさんがお客さんでも謝ってよね!」
「すまんすまん」
面倒くさそうに老兵は謝るフリだけしてみせた。
「もっとちゃんと謝って!」
「じゃあ聞くが…その紫のはなんだ?」
老兵はミーファのぶどうジュースを指さしている。ミーファは急に冷静になった。もしかするとこの人は全て聞いていたのかもしれない。ミーファは直感的にそう思った。いつもならぶどう酒だとか言ってごまかすが、今回は嘘は通じそうもない。
「ぶ…ぶどうジュースよ」
「酒場まできてぶどう酒じゃなくぶどうジュースか…ハハッ」
バカにしている。
完全に目の前の老兵は完全にミーファを子ども扱いして、さらにはからかって遊んでいる。ミーファのご機嫌を折るには充分な態度だった。
「いいじゃん好きなんだから! それに私はもう16歳なんだから子どもじゃないの!」
「ここまで言ってもまだ隣に座るか。神経だけは一人前だな」
老兵はミーファに向き直るように座り直した。
「俺はトオン。お前は?」
「ミーファよ。おじさんトオンって言うの? ホントに?」
「あぁ」
それはかつての英雄の名だった。若者には多いがトオンほどの年の者にはほとんど皆無の名前だ。
ミーファは英雄の逸話が大好きだ。ミーファだけではない。この国の子どもたちはとりわけ英雄が好きだった。だから同じ名前の人がいればもれなく優遇していた。
「おじさん、英雄とおんなじ名前なんだね。凄い凄い!」
トオンは怪訝そうな顔で手で何かを払う仕草をしてみせた。
「いつまでも俺をおじさん呼ばわりするんじゃない」
ミーファは笑いが止まらなかった。
「何がおかしい」
「だっておじさんじゃない!」


その日から毎日トオンは酒場に現れた。3日もすればすっかりミーファも慣れてきて、1週間が経つ頃には常連になっていた。
ミーファはいつもどおりお盆にジョッキとグラスをのせてトオンの隣に座った。今日のトオンはいつも以上に気難しそうに座っていた。
「どうしたの」
ミーファはジョッキを押し滑らしてトオンの手元に近づけた。
「恐い顔ね」
トオンはただ酒を啜るだけだ。
「ね、聞きたいことがあるの。トオンはいつ戦場に行くの? 西の戦地に行くからここにいるんでしょ?」
「俺はそこから帰って来たんだ」
「帰ってきた? 仕事終わったの?」
トオンは唸るように短く肯定した。
「俺は傭兵だ。契約した仕事をすればお払い箱だ」
「仕事帰りなんだね。そう言えば1ヶ月前にスィーテとか言う大きな魔獣をひとりでやっつけた兵士がいるんだって聞いたよ。スィーテ討伐の傭兵さんたちが喜んで帰って行ったわ。ちょうどトオンが来る前日ね」
「俺もスィーテ討伐の傭兵さんでね」
「じゃあトオンもその兵士さんのおかげで帰れるのね」
トオンは何も言わない。返事が必要ないと判断すると彼は何も言わない。ミーファはちゃんとわかっていた。彼は親しくなれば口数が減るタイプの人間なのだ。
「いつ出てっちゃうの?」
「明日だ」
ミーファはびっくりして何も言葉が出ない。ミーファはトオンに懐いていたし、もっとこんな日々が続くと信じていた。
「明日の朝にはこの町をでる。今日が最後だ」
ミーファは叱られた子犬のようにしょげていた。
「そんな顔するな。お前はもっと…」
「ミーファ! サボってないで早く運びな!」
店主がジョッキを沢山テーブルに置いて怒鳴っている。
「なんか最近機嫌悪いの、ママ」
作品名:空白の英雄1 作家名:桜田みりや