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君僕リレイション【relation.1 クラスメイト】

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終業を告げる鐘が鳴る。やっと来た放課後に、俺は脱力して机に突っ伏した。
「あー、やっと終わった……」
 特進科の、しかも男子クラスの授業はやたらと熱気がこもる気がするのは気のせいだろうか。ぐしゃぐしゃと伸びてきた前髪をかき上げ、少しズレていた眼鏡を直す。それでも、温い空気の気だるさはぬぐえなかった。
 今は9月、夏の名残と秋の冷たい風が温度のはっきりしない空気を作り出す。まるで、俺の名前のようだ。夏野由希、なつのゆき、夏の雪。弟の名前もだが、まったく、地味に変な名前をつけられたものだ。ああ、そういえば数日前にこのクラスに来た転校生も……ええと、なんだっけ……確か、男にしては名字も名前も可愛らしいというか、両方苗字みたいというか……
「夏野」
 名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには当の転校生本人がいた。
 私立では珍しくない茶髪が、柔らかそうに揺れる。瞳の色も日本人にしては薄いので、その色は違和感なく似合っていた。この先有意義な青春を送れるであろう整った顔立ちは、笑みの形を作っている。
「夏野?」
 黙っていると、やがて笑みは怪訝そうなものに変わった。ああ、えっと、何だっけ…名前は……
「……ああ、そっか、蓮見志麻だった」
 地味に混乱していたからか、つい、ぽろりと思ったことを口にしてしまう。しまった、これじゃあさっきまで名前忘れてたことがバレバレだ。
「僕の名前は覚えにくい?」
「そういうわけじゃ……うん、いや、蓮見に責任はない。悪いのは俺の記憶能力だ」
 俺の下手な言い訳に、蓮見は苦笑している。無理もない。転校生とはいえ数日たっているいるし、むしろ下手なクラスメイトより印象に残るはずだ。
 俺はいまいち人の名前を覚えるのが苦手で、同じクラスでもわからないやつが何人かいる。同じ学年のやつの名前くらい全部わかる、と平然と言える友人たちが羨ましい。
「えーと……で、蓮見。俺に何か用か?」
 確か、蓮見とまともに話したのはこれが最初、のはずだ。俺は正直、戸惑っていた。俺はクラスの中心人物というわけではないし、転校してきた当初、積極的に話しかけたわけでもない。彼は俺に、いったい何を求めているというのだろうか。
「用ってほどのことでもないんだけど……うん、」
 蓮見は少しためらうように言葉を切る。蓮見もほぼ初めて話す俺に対して、緊張しているのかもしれない。そのおずおずとした調子に、少しだけ親近感がわいた。
「ちょっとね、案内をして欲しいんだ」
「? 学校をか?」
 今日まで誰も蓮見を案内しなかったのだろうか?いや、それはない。いくらここが私立の特進科で他のクラスより結束力がないクラスだったとしても、転校生を案内しないわけがない。
 それに俺は、椎田や榎木あたりが蓮見をひっぱりまわしていたのを見た。めずらしく図書室にいたから覚えている。
「うん、あの、本が読みやすい場所とか」
「え?」
「このクラスで一番本を読んでそうなのは誰か聞いたら、夏野だって」
 聞いたから、と小さな声で続け、蓮見は俺の返事を待つように黙った。……意外だ。印象で判断するのは失礼だが、蓮見が本を読む方だとは思わなかった。
「……夏野?」
「っと……悪い、ちょっとびっくりした」
 特定の誰かとつるんでいるわけではないが、クラスの中心的存在である椎田たちに気に入られている蓮見は、だいたい輪の中心にいる。だから、というのも変な話だが、なんとなく、2年の時点で本の貸し出し数ゼロの椎田たちと同じく、本なんて読まないと思っていた。
「あはは、意外だったかな。で、頼まれてくれる?」
「ああ」
 そんなたいしたことじゃないし、まあ、無下に断ることもないだろう。そう思い、俺は案内を承諾した。
「ありがとう、夏野」
 そんなに喜ぶようなたいそうな頼みでもないのに、蓮見は嬉しそうに微笑む。なんだか、落ち着かない気持ちになった。
「いや、そんな、たいしたことじゃないからな」
「それもそうだね」
 とたん、蓮見は同じ表情で、手のひらを返したようなことを言う。
「って、おい、んな簡単に頷いて欲しくなかったぞ?」
「あはは。じゃあ、さっそくお願いするよ」
 さっきまでの殊勝な顔はどこへやら、蓮見は、いつもクラスで見かけるような、どこか余裕のある表情を浮かべていた。釈然としない、と苦々しい表情を浮かべても、それは崩れない。……なんだか、よくわからん奴だ。
「そうだな、まずは……あー、高いところは平気か?」
「うん、大丈夫だよ」
 じゃあとりあえず、屋上に行こう。
 あそこにはたぶん智弘もいるし、ついでに用事もすませるか。
 
**

「まあ、月並みだが、屋上だ」
 重いドアを開け、空を見上げる。青にところどころ紫や橙が混ざった、ぼんやりとした色合いに安心した。正直、真昼や夏のあの目に痛いほどの青は苦手なのだ。
「風が気持ちいいね」
 教室にはない涼しさに、蓮見は目を細める。
「狭いし景色がいいわけでもないから、人もあまり来ないし。なかなか気に入ってる」
「へえ。……ああ、本当だ」
 特進科の校舎は普通科とは別にあり、各学年1クラスの教室と特別教室しかないので、2階建てなのだ。だから屋上に上っても、校庭や校門付近の建物くらいしか見えない。そのため、ここに人が来ることはほとんどないのだ。
 まあ、だから放課後のここは智弘の居城になっていて、それも人が近づかない理由の一つなのだが……
「♪――――、あ、微妙。ん~……♪―――」
 上から、途切れ途切れの気まぐれな旋律が流れてくる。今日はいるみたいだな。
「おい、智弘」
 さっき出てきた扉の、その上の方に声をかける。案の定、能天気な声と共に竜崎智弘が屋上で最も高いところから顔をのぞかせた。
「♪―――、ん?おー、由希じゃん」
 首元まで覆う天パの髪は、派手な赤。その鮮烈な色とは真逆の印象を与えるのんびりとした声音で、智弘はのんきに手を振る。
「智弘、卵の賞味期限今日までだから」
「へ?……あ。そっか。今日の当番俺か」
 今思い出した、という顔に呆れてため息をつく。会えてよかった、また当番踏み倒されることろだった。
「忘れるなよ。いつも忘れてるよな」
「気にすんな~」
「お前は気にしろ」
 マイペースすぎる友人の態度に、目が半眼になる。俺程度の睨みなど大した迫力はないのか、智弘はアッサリと話を打ち切った。
「んで、用はそれだけ?」
「ああ。お前のはな」
「んじゃ、俺はしばらく上にいるから、用があったら言ってくれー」
 相変わらずよくわからんやつだなと思いながら、蓮見の方に向きなおる。
「蓮見?」
 なんだか、不機嫌そうに見えた。少し眉間に皺が寄っている。そんなに長い間放置していただろうか。すまないことをした。
「えーと…あいつは俺のルームメイトでさ、普通科の竜崎智弘」
 俺の実家は学校に通うために長く電車に乗らなくてはならず、定期代と寮費が同じくらいなため、俺は、我侭を言って寮住まいをさせてもらっている。あいつは普通科なのでクラスは違うが、1年の時から同室なのでクラスメイトよりも仲がいいのだ。