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コンビニへ行こう! 前編

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take2 助手の助言





「波江さん!おはよう!実に素晴らしい朝だね!」


いても立ってもいられない、という声だった。その日矢霧波江が職場に出社すると、上司であり波江の雇い主でもある男が、そんな声をあげて回転式の椅子に座って楽しそうにくるくると回っていた。
……子供っぽいわね。
なんて思いながら、波江は自分のデスクに鞄を置く。もはや多少の奇行には驚かなくなってきている時点で、慣らされてしまっているのかもしれない。コートを脱ぎつつ、何気なく自分の机の上を確認すれば、そこにちょこんと鎮座するプリンが目に入った。
「あら、これ」
「戦利品だよ!波江さんのおかげだからね!君にあげるよ!」
テンションの高い声と共に、弾むような足取りで椅子から着地し、臨也はにこやか過ぎて不気味なほどに爽やかに笑って見せる。その顔で、流石に波江にもピンときた。
「あら、じゃあ、例のコンビニへ行ったのね」
「そうなんだよ!」
「……本当にやったの?」
「やったよ!恥ずかしかったけど頑張った!でも、そしたら今日は、なんと!」



「目が合っちゃったよ!」



……話は、数日前に遡る。
その日はやたらと臨也がぼーっとしているので、波江としては仕事が滞ることこの上なく、非常にイライラしていた。このままでは進む話も進まないので、一体どうしたのかと問いかけた波江に、臨也は真剣な顔で問いかけたのだった。
「ねえ波江。ほぼ初対面の人間の印象に残るには、どうすればいいと思う?」
「……はあ?」
何を言うのかこの男は。
波江はまじまじと自分の雇い主を、頭のてっぺんからつま先まで見てみた。外見云々の話ではなく、この男はその気が狂ったような言動をごく自然に当たり前のようにする男だ。一度遭遇したらそう簡単に忘れられないだろうに。
「あなたの普段どおりでいいと思うけれど」
あきれたように答えた波江に、しかし、臨也ははーっと大きなため息をついて見せた。
「だめだったんだ。俺だって多少自信はあったんだけど。だって、さあ、目の前にすると言葉が出てこないんだよ!普段あれだけ浮かんでくる言葉はどこに行ったのか!予行練習までしていった言葉は!肝心なときに行方不明だよ!」
ああもう俺の馬鹿!と頭を抱える臨也を瞬きして見詰め、波江はおや?と首をかしげた。なんだかこれは、とても楽しそうなことになっているのではないのか?
「順を追って話しなさい。一体誰に、どんな風に、印象付けたいの?」
ただの観察対象や、信者たちなんかにこの臨也がこんな態度になるわけが無い。と言うことは考えられることは一つだ。
だがしかし、そういうものとは無縁そうな臨也のこと、イメージはとてもし辛い。具体的情報を求めた波江に、臨也はしばらく考え込んだ後、言いづらそうに口ごもった。
「あの、さー。うん、なんていうか」
ちょっぴり頬が赤い。
うわあ気持悪いわね!と思ったが、それを口にするのはぐっと踏みとどまった波江である。
「その、だから、こ、コンビニの店員さんなんだけど……」
「コンビニ?」
「て、天使みたいな……子が」
「天使ぃ?」
似合わない、似合わなさ過ぎる単語だ。そんな言葉を頬を染めつつもじもじと口にする臨也の図、とても信じられないが、目の前に実際にそんな光景が広がっている。
なにこれ怖い。
「ええと、コンビニの店員さんに恋をした、と解釈していいのかしら?」
「こ、ここここ恋だとか!そ、そんなだいそれたこと、ま、まだその段階じゃないよ、そういうのって、お互いを知ってこそ、その感情に行き着くわけで、そう、ひとめぼれとか信じないし!」
「真っ赤な顔で何言ってるのよ」
え?マジで?この男が本当に恋?
波江は、耳まで真っ赤になって「こ、恋……」と呟いている雇い主をあきれた表情で見た。どこの誰だか知らないがご愁傷様としか言いようが無い。こんな男に好かれるとは可愛そうに。
「で、その店員さんに覚えてもらいたいというわけなのね」
「……普通に買い物するくらいじゃ覚えてもらえないよね?」
「そうねえ、よっぽどいつも買いに来るか、いつも同じものを買っていくかしなくちゃ無理じゃないかしら」
とはいえ、「いつも同じものを購入する客」として店員に覚えてもらうには、店員にとってもらうタバコとかホットスナック、切手やハガキ類などを買うのが一番の近道。今の状態の臨也に、その店員に話しかけるというハードルをクリアできるかは怪しい。
だってこの人間ラブ!な臨也が「天使」とか言っちゃう相手なのだ。どれだけ頑張ったってどうしても普段どおりには話せまい。
「あなたが多少の羞恥心をものともしないというのなら、私がとっておきの方法を教えてあげないでもないわ」
波江は不敵に笑ってそう言う。
とっておきの、という単語に、臨也もピクリと反応した。
「……ど、どういう意味で、とっておき?」
若干、というかかなり、不安なのだが。特にその笑顔が。でも波江がとっておきというからには効果的な方法なのであろうけれども。
「印象に残りたいんでしょう?」
「残りたいよ!」
「じゃあ簡単よ。すべてはインパクトの勝負だわ」
ふっ、と長い髪を肩から払い、波江はびしいっと臨也を指差して、高らかに言った。



「お弁当にお箸じゃなくてストローをつけてもらいなさい!」



「…………波江、言っている意味が分からない」
「馬鹿ね、何もストローで食えって言ってるわけじゃないわ」
心底不思議そうな顔をしたあと、一瞬波江を哀れむような目になった臨也である。そんな表情にイラッときつつ、波江はこれだからお子様は!もう少し考えなさいよ!と心の中で悪態をついておいた。
けれどもまあいい、今回は許そう。きっとこれから先臨也は、その恋とやらに振り回されて七転八倒してくれるはずだ。それはとても面白いに違いないので、協力してやらないことも無い。
「店員としては、客にストローをつけろと言われたら断れないでしょう」
「まあそれは分かるけど」
「そこでどうみてもストローで食べられそうにも無いものに、ストローをつけさせれば、店員は必ずあなたを見るわよ、何この人?って。だから言うのよ、お弁当にストローをつけさせなさい。勿論箸を断るのよ、そうでないとインパクトが無いから」
あくまで、コンビニで買い物をして、ついでにストローを貰うだけだ。当然、家に持ち帰って箸で食べるんだろうな、と店員だって理解する。けれども言われたその瞬間は、予想外の言葉に目を白黒させるはずである。
「……でもそれって不審者を見る目じゃないの?」
波江の言いたいことは理解したらしい臨也が、渋るようにそう言う。どうせかっこよく印象に残りたいとか思っているのだろうが、そういうところが臨也の甘いところだ。
「最初かっこよく決めたら、後で失敗が一切できないのよ?自分で自分のハードルを上げてどうするの。最初が不審者扱いなら、あとで失敗しても評価は下がらないし、評価を上げることだって簡単じゃないの」
「……波江さん!」
がしっ。
臨也は波江の手を握り、それをぶんぶんと上下に振ると、感心したような顔でうんうんと頷いた。




「それだ!お弁当はちょっとハードル高いけど、何か別のものでやってみる!」




そして今、波江の目の前にはプリンがある。
作品名:コンビニへ行こう! 前編 作家名:夏野