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無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~

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Episode.11 悪夢




「鬨?おーい?」

ノックをしても返事の無い部屋の前で立ち尽くしていたヴェクサは、思い切ってドアノブに手をかける。鍵の掛かっていないドアに、いささかの不安を覚えながらも部屋に踏み込む。

「おい、入るぞ?」

ドアを開けた先、部屋を見回せば、そう広くは無い部屋で今のこの部屋の主はすぐに見つかった。
大きく開いた窓の枠にもたれかかって、外を向いている鬨は、ここからではその表情をうかがう事は出来ない。しかし、きちんと部屋に居たことに安心した――自分で部屋に居ると言っていたのだから、居て当然なのだが――ヴェクサは、大きい歩幅で鬨に近づく。

「なンだよ、居るンなら返事ぐらい――――・・・っと」

鬨の顔を確認したヴェクサは、その言葉を飲み込んだ。

「・・・寝てんのか・・・?」

寝息こそ小さかったが、目を閉じて身動きをしないのだから、寝ているのだろう。
そういえば、昨日も今日も、鬨は全く寝ていないのだ。
しかも、休むことなく動き回っている。疲れていても仕方ないことだろう。
しかし、いつバランスを崩して下に落ちるか解らないこの態勢は危なすぎる。
いくら身体能力がずば抜けて高いからと言って、寝ている間に落ちればいくら鬨でも確実に致命傷だ。ヘタをすれば死んでしまう高さである。

(とりあえず、こいつを動かすか・・・って言ってもなぁ・・・)

ここまで静かに眠られると、起こす気が起きない。
あくまで「静か」なのであって、「安らか」では無いのが、なんとも言えないところだが。

「しゃーない」

そう言って、鬨に近づいたヴェクサは、たてられた膝と窓枠の間に手を入れ、首の後ろにも腕を差し入れる。つまり、お姫様抱っこ状態というやつであるが、それを嫌がる本人は今は夢の中なので気にしない。
鬨を持ち上げるのはこれで二回目のヴェクサだが、やはりその軽さに驚かざるおえない。
落とさない様にしっかりと抱え込むと、起こさない様にそっと近くにあったベッドへ鬨を下ろした。開いた窓はそのままに、白く、薄い生地でできたカーテンが風で揺れる。
その舞い込んできた風が、ヴェクサと鬨の髪の毛を弄び、また外に消えた。
鬨の長い髪がベッドに散らばり、そのなめらかさを主張している。
頬にかかった髪をそっとのけてやると、案外子供らしい寝顔がみられた。
いや、これが年相応の顔なのかもしれない。と、実年齢より随分と大人びた行動と言動の鬨を思い出したヴェクサは、なんとなしにその様子を見下ろす。
閉じられたその瞳の周りには、長い睫毛が縁取られ、瞼が光を遮っている。
黒に近い赤色をしたつややかな髪が、鬨が少し身じろぎしたことでさらりと揺れた。
白い肌が、部屋に差し込む昼の明るい日差しを受けて光っているように見える。
髪が黒に近いので、余計に白く見えるのだろう。
その様子をなんというのか、表現しかねたヴェクサは、今にも鬨が消えてしまうような感覚におしいられ、思わずといった風に手を伸ばし、その頬に触れる。
暖かくは無い、少し冷たいその肌の感覚に安心した。そして、自分は何をしているのかと、その手を離す。
今は閉じられている瞳が開くのはいつなのかは分からないが、ここへ呼んだ本人がこの状態なので、用件を聞き出すこともできない。その間は、この子供らしい寝顔を見ていようと、そう理由をつけてベッドの横に椅子を持って来たヴェクサだった。