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boat in air

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 そして、船は空を泳ぐ。 そんな小説の一編を思い出した。
 見上げれば青い空。遠くには入道雲。
 コバルトブルーの海は光を反射し、波の音が心地いい。

「ああ、本当に、来てよかったなぁ」

 手漕ぎのボートの上で、仰向けに寝転がって独りごちた。
 携帯や、時計を付けずに、こうっやってゆっくりするのは本当に本当に久々だ。
 ふと、影が差す。空の遠くに、飛行機。遅れて、音が波の音をかき消した。

「ずっとこうしていたいなぁ……」

 仕事も、生活も、全て忘れて、こうして静かにたたずんでいたい、と割と本気で思う。
 それだけ、この景色は魅力的だった。
 長期休暇を使った、初めての海外旅行。ただ暑いから、という理由でここを選んだのだけれど、間違いではなかったらしい。
 カメラを忘れたのは失敗だったな。この景色は残しておく価値があるのに。
 そんなことを思いながら、最後の一本のペットボトルに手を付ける。キャップを開けて、少しだけ口に含む。

「でも、明日には帰らないと行けないんだよなぁ……」

 会社の休みは明後日までだ。そうしたら、またあの忙しい日々に戻らなければならなくなる。
 それならいっそ、このままここで漂っているのも悪くはない。
 なんて、馬鹿げたことを呆っと考えてみる。

「ま、無理なのはわかってるけどねー」

 少しだけ気分が沈んだ。ダメだダメだ。せっかくの旅行でそんな暗いことを考えても仕方がない。
 気分を一新するため、服を着たまま、俺は海に飛び込んだ。

「っぷは!」

 小一時間後。目一杯泳ぎを楽しんで、またボートへと戻る。
 海の中は、まるで夢のような世界だった。
 優雅に泳ぐ魚の群れ。花が咲き誇るような珊瑚礁。手を伸ばせば、指の間を小さな魚が潜り抜けていく。
 見渡す限りのコバルトブルーに包まれて、一瞬自分がどこに居るのか忘れそうになるほど。
 上を見れば、暖かな日差しが波に揺れて、ゆりかごを思い出させる。
 幻想的な世界を十分に堪能したら、なんだか腹が減ってきた。

「さて、そろそろ戻らないとなぁ」

 体を拭くこともせずに、また仰向けに転がって、タバコに火をつける。
 この想い出は、きっと一生心に残ることだろう。
 太陽が高い。もう昼ぐらいだろうか。
 いつかまたここに来る事を心に誓って、今まで一生懸命考えないようにしてたことを口に出した。

「このタバコを吸い終わるまでに、何か考え付くといいんだけど」

 俺はどうやって、オールが流れてしまったこのボートで帰るのだろうか。
 そして太陽と風に抱かれて、ボートは空を泳ぎ続ける。

作品名:boat in air 作家名:夜月天照