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ラベンダー
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銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔(3)~

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「お母さん!お母さん!」

炎の中、5歳の女児が大声で泣いていた。だが炎の音で女児の声はかき消されてしまう。
夜、女児は独りだった。仕事に出ている母親はいない。…それでも女児は母親を呼んでいた。

「お母さんっ!お母さん…」

女児の声が徐々に小さくなっていく。煙を吸い込み息が苦しくなっていた。
炎が迫っている。女児は、熱さと煙で意識がもうろうとしてきていた。

「おかあ…さん…。あついよ…おかあ…さん…助けて…」

薄れる意識の中で女児が言ったその時、大きな白い羽を背中に持った男が炎の中から飛び込んできた。そして女児を抱きしめた。

「!!」

女児は驚いたが、とっさに男にしがみつき、その銀髪に顔をうずめた。
女児は割れた窓から飛び出したところで気を失った。

……

「天使さんが助けてくれたの…」

病院で、女児は自分が寝かされているベッドの傍で涙にくれている母親に言った。

「そう…そう…良かったわね。」

母親は泣きながら、女児の頭を撫でて言った。
…だが、母親は信じてはいなかった。きっとまだ娘は錯乱しているのだろうと思っていた。

「銀色の髪でね…柔らかかった。…それでとてもかっこよかったの。」
「…そう…。ゆみちゃん…もう少し寝なさい。ママずっと傍にいるから。」
「うん!」

女児は目を閉じた。母親は女児の頭を撫でながら、ずっと顔を見つめていた。
本当に無事で良かったと、母親は何度も思った。

……

「天使だってー?」

消防署で、1人の消防隊員はそう同僚達に笑われていた。

「本当に見えたんだよっ!銀髪でさ…羽が生えてたんだ。絶対に天使だよ!」

消防隊員はむきになって、同僚達に言った。

「女の子を抱いて窓から飛び出て来て、俺に女の子を抱かせたんだ…。あの子が落ちてきたように言われてるけど、本当は天使が俺に…」
「お前クリスチャンだったっけ?」

消防隊員の言葉を遮って、同僚の1人が言った。

「いや…うちは禅宗だけど…。」
「それで天使見たって言われてもなぁ…」

まだ同僚たちは笑っていた。…消防隊員は口をつぐんだ。もう2度と口にすまいと思ったが、あの天使の事は一生忘れないだろうと思っていた。

……

「昨夜2時頃アパートで火事があり、かけつけた消防により1時間後に火は消されましたが、アパートは全焼しました。出火当時、2階の部屋には5歳の女の子がおり、女の子は窓から飛び降りましたが、消防隊員に抱きとめられ助かりました。出火の原因は放火と見られ、現在、警察が犯人の行方を追っています。」

ソファーに座っていた章之(あきゆき)がリモコンを取り上げ、テレビを消した。

「…くそ…また死ななかったのかよ!」

章之が舌打ちをしながら言った。
そして、傍にあるビールの缶を持ち上げ、ビールを飲み干した。

「…酒も終わりか…。ちっ…買いに行くの面倒だな。…あー、むしゃくしゃするっ!!ちっともすっきりしねぇ…」

章之はそう言うと、ソファーに寝転んだ。

章之はある商社の営業マンだった。
だが先月、リストラで会社をクビになった。
その後、仕事を探すものの採用には至らない。

…初めて火をつけた時は、自分でも前後の記憶がなかった。
気がついた時には、離れた所から火と煙が上がっているのを見ていた。…だが、自分がしたことだとはわかっていた。
その火が徐々に広がっていく様子を見て、興奮を覚えた。
翌日その火事で、中で就寝していた青年が逃げ遅れ、焼死体で見つかったことが報道された。
それを聞いて、章之はさらに興奮した。
…その日から、放火することを楽しむようになった。
捕まらないように日を開け、わざわざ離れたところまで車を走らせ、火をつけた。

…だが2度目の放火からは、中に人がいても何故か奇跡的に助かってしまう。
今回の放火で3回目だ。

(次は必ず殺してみせる。)

章之がそう思った時『次はどこでやる?』という声がした。
周りには誰もいない。章之は驚く様子もなく小さく笑った。

「まぁ待て。…すぐにやっちまったら、俺が捕まる。」

章之は、そう呟いた。

……

「怖いですね…。早く放火した犯人を捕まえてくれないと、安心して夜も眠れない。」

北条(きたじょう)圭一が、ソファーの前のテーブルにコーヒーカップを置きながら言った。
この圭一の歌は、悪魔の動きを封じ込める効果を持つ。…ただ、ザリアベルには効かないが。
悪魔たちには「清廉な歌声を持つ魂」と呼ばれ、恐れられていた。

「…そうだな…。」

ソファーに寝転んでいた天使アルシェの人間形「浅野俊介」は、そう答えながら起き上がった。
圭一は、浅野の隣に座りながら言った。

「浅野さん、大活躍ですね。これで助けたの2人目。」
「しかし…」

浅野は、コーヒーを一口飲んで言った。

「火の手が上がってからしか察知できないから、犯人が見えないんだ。」
「ザリアベルさんは?」
「ザリアベルも見えないと言ってた。…突発的に火をつけているとしか考えられないよ。」
「…そういうのが一番 質(たち)が悪いですね…。放火殺人って、かなり罪が重いんじゃなかったかなぁ…。」
「!?…そうなのか?」

浅野が言った。圭一は、こめかみに指を当てて考えるように答えた。

「確か放火だけでも、殺人と同じ刑罰だったと思いますよ。」
「…犯人はそれをわかってやってるのかねぇ…」

浅野はため息つきながら、コーヒーを一口飲んだ。

……

章之は、次に放火する場所の下見のために車を走らせていた。
鼻歌を歌っている。次の放火の事を考えると、楽しくてたまらない。

(これが仕事だったらなぁ…。)

鼻歌を歌いながら、そう思った。

(そうだよな…。考えてみれば、俺…仕事でここまでしたことなかったよな。)

今している事は、いわゆる「調査(リサーチ)」だということに気付いた。章之は鼻歌をやめた。

(仕事が見つかったら…こんなふうに頑張れそうな気がする。…仕事さえ見つかったら…)

そう思った時、「くそっ!」と章之は言った。

「俺がこんなになったのは、世の中が悪いんだ!…ちくしょう!今すぐ火をつけたいっ!!」

『やっちまおうぜ。』

また声がした。章之は眉をしかめた。…まだ、前の放火から1週間も経っていない。

「…だめだ…。捕まっちまったら、意味がない。」

『やっちまおうぜ!』

声が大きくなった。

「うるさいっ!」

章之はそう言うと、ハザードランプをつけて、路肩に車を寄せた。
章之はハンドルに頭を乗せた。

「…くそ…火をつけたい…。やっちまいたい…」
『だから、やろうっていってるんじゃないか!』
「だめだっ!…まだ、だめだっ!」

章之は言った。すると少しトーンの落ちた声が帰ってきた。

『案外、気が弱いんだな…』
「!?」
『今までお前が捕まらないように手を貸していたが…もうこれまでだな。』
「えっ!?手を貸していたって!?…おいっ!!」

章之は、はっとバックミラーを見た。一瞬、男が映ったがすぐに消えた。
章之の脳裏には、その男の頭に牡牛のような角が生えていた姿が残っていた。
…その後、何度章之が呼びかけても、声はしなくなった。