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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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「『いて座M22』よ。パパ、お望みどおり素敵な写真撮って来るよ、ってついさっきあれに搭乗したの」

通常は『フロンティア』のずっと後方を護っている攻撃戦艦『ミカエル』が、居住区にいる自分たちの目に触れるところへまで上がってくるのは、本当に珍しいことだった。

「じゃあ、図書館にもスライドが一つ増えるのか。ハックルベリーが狂って喜びそうだ」

豚の肥やしが更にプラスアルファされる。
ただ研究には膨大な時間を要するだろうから、『ミカエル』が戻ってくるのはざっと見積もって一ヵ月後くらいだろう、シューは去っていく船影を見つめながら思った。

「パパもしばらくいないし、だから、今晩はうちで二人っきりよね、シュー」
「え、お母さんは?」
「死んだ」

闇の向こうに消えていく『ミカエル』に、視線を注いだままのふりをして、シューはガラスに映ったエーミィの横顔を視界の端に捉える。

「――ごめん」

口から出てきた謝罪の言葉は、少々音量が小さすぎた気がした。
たった今エーミィは自宅の自動扉をロックを外すなり開いたから、間が悪くもその電子音とタイミングが重なった気弱な謝罪は、かき消されたんじゃなかろうか。シューは思って、もう一度言おうかどうしようか数秒間迷う。

「知らなくて当然よ、誰にも言ってないもの。だから謝らないで、とても窮屈」

エーミィは表情ひとつ変えずにそう返してくる。そうか、謝罪は聞こえたのだな、とシューは思ったが、少し悲しくなる。
母親が死んだとき、彼女は誰の前で泣いたのだろう。そして彼女は、父親が功績を残せない天文学者であることを、隠したわけじゃないが誰にも話さなかった。

「シュー、これよ」

呼びかけられてシューははっとした。
招き入れられるまま敷居をまたぎ、センサー式の電灯が自分たちを感知したので、すぐに部屋の隅々までが明かりに照らしだされる。

「……凄い」

シューの家とは明らかに間取りが違っていた。先ず第一に、天井が大きく吹き抜け、凄く高い。

「砲台みたいだ」

さっき見た『ミカエル』の、翼のような砲台をシューは思い出した。
今眼前にあるそれはフォルム重視の銀柱とは少し違ったが、どっしりとしたスチールに厚く白い塗装が為され、透明の半ドーム状の天井に向けて鏡筒が真っ直ぐ突き立っている。

「これが、望遠鏡、なのか」
「この子がうちにあるからあたし、自分の部屋も貰えないのよ。カセグレン式反射望遠鏡、口径も大きいでしょう」

ガリレオ・ガリレイが太陽を観測するときに使った、屈折式の細い望遠鏡を想像していたシューは、その大きさと太さに暫し目を奪われる。
現にこの家の区画はメインフロアのみで間取りが存在せず、つまりはこの光学望遠鏡の為だけにある、特別な空間なのだ。
部屋を貰えないとエーミィは言ったが、こんな凄いものが家にあってそして自由に使って良いと言われたら、喜んで部屋を明け渡そう。床で寝たって構わない。それほど素晴らしい大きな望遠鏡だった。

「こんな凄いもの持ってる奴、学校では絶対エーミィだけだ。知らなかったこんな……望遠鏡がこんなでかいなんて」

ふもとに立つと、大木の根元にいるような錯覚に陥る。
透明のドーム上には星空が広がっているから、幹は鏡筒、星空が生い茂る緑葉と見立てよう。シューは瞳を全快にして、ついでに口もぽかんと開いて、レトリバーを愛でるようにカセグレン式と言われるその望遠鏡を撫で回した。

「パパが天文学者だってことすら、誰にも言わなかった……これに触れたのも、パパと、あたしと、シューで三人目」
「じゃあ、エーミィは、もっともっと、誰も彼もに自分のことを話したらいいよ」
「誰彼って、誰のこと?」
「俺には話してくれたし、もっとこう沢山――同一思想者、がいるかもしれないし」

なあにそれ、とエーミィは笑っていたが、望遠鏡に触れたのは、父親と、彼女と、そして自分。そこに母親が含まれていないのがどのへんの事情なのか、シューは酷く気になった。

「接眼レンズ覗いてみて、もうちゃんとセットしてあるの、今なら『ミカエル』が超至近距離で見えると思う」

詮索はそこそこに、シューはお言葉に甘えて宇宙の入り口に瞳を押し付ける。
最初はぼんやりと霞んでいたが、エーミィがピントのネジを調整するにしたがって次第に無数の星々がその姿を露にし始め、ピント合った瞬間、望遠鏡を通してふわりと宙に吸い上げられた。漂う塵の雲まではっきりこの瞳の中にある。

「初めてピントを合わせてもらったとき、あたし、まだ幼かったから泣き出したんだって。宇宙に放り出されたんだと思っちゃったのね」
「……うん、すごく分かるよ」

シューはボイジャーが撮ったあの『木星』を、瞳の中にオーバーラップさせた。
宇宙はただ黒いだけではなく、紺碧の闇が重なりに重なって、限りなく黒に近づいているだけなのだ。そしてその周りにあるものが輝きすぎているから余計、その暗黒が際立ってしまう。あの写真の、『木星』の美しさに負ける近隣の黒い闇のように。

「闇が綺麗だなんて、初めて知ったな」
「凄いわ、シュー、やっぱり貴方をここへ連れてきて良かった」

高倍率の狭い視界の中、『ミカエル』が銀の砲台を翻しながら羽ばたいてゆく。その向こうに眩しすぎるスフィアを見つけて、シューは眼球が潤むのを感じた。

「――あのね、シュー」

たった今、接眼レンズを覗いていないエーミィも、覗いているシューと同じように高まる興奮を持て余していたはずなのに、突然落ちた彼女の声のトーンにシューは思わずレンズから目を離した。
エーミィは何かを切り出そうとしている。

「本当は、ね」

彼女は少しためらいながら、少しずつ言葉を進めていく。

「本当は――」

そうか、と、シューは気が付いた。今の今まで忘れていた、先刻の違和感を思い出す。エーミィは必死だった。
夕飯を待つ重い腰を上げさせるためにシューの母親にまで手を回し、何かに必死になっていた。

「本当は、もっと、見て欲しいものがあったの――『いて座M22』を見せてあげるっていうのは、半分、嘘」

エーミィは自分の腕時計で時間を確認すると、望遠鏡の電動操作パネルに手を掛けた。再び時計で時間を確認し、そしてその指がおもむろにボタンを押し込む。
大砲のような望遠鏡は、『いて座M22』の方角を外れ、厳つい砲身をゆっくりと右へ傾けていく。

「覗いて」

またエーミィは時間を見た。
その仕草から推察するに、その何かは秒単位で現れる、流星か何かかもしれない。シューは思いながら、そっとレンズに眼をあてた。
球状星団から少し外れ、その周りには幾重にも渡って不規則に、薄く取り巻く星雲の筋が見える。星団の光に照らされて儚く煌いて、それはそれで美しい。
しかしシューは、ふと気が付いた。
天然の最上級の煌きの中に、かなりおかしな何かが混入しているのだ。

「エーミィ……」
「ピントを、合わせるわ」

薄い星雲の遥か向こうにピントが移行し、星雲の輝きはぼやけていく。だからこそ、その光は、その人工的な輝きは、より際立って映った。


『オレンジ色の太い光の軌跡、その中心に一定間隔で点滅する赤いランプ』