小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

一万光年のボイジャー

INDEX|10ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

ただ焦っているのかと思ったらよくよく見ると、シューの胴体にギュウとしがみ付く彼女の腕は震えていて、そしてその瞳からは大粒の涙が零れている。

「……アカシア、どうしたの」
「お願い、私と来て」
「アカシア」
「お願いよ、シュー、私と一緒に居てよ」
「どういう意味だよ、それ」

アカシアの顔は真っ青だった。対比するように瞳の周辺は赤く腫れ上がっている、かなり長いこと泣かなければこんな惨状にはならない。

「私と、『コーネリア』へ一緒に行って、移住して、お願い」

アカシアの言う『コーネリア』というのはおそらく、居住区02『コーネリア』のことに違いなかった。
しかし話の脈絡が読めず、シューは何も返すことができない。

「パパが死んだの、『ミカエル』と」

事というのはどうしてこうも、連動して次々と起きるのだ。
アカシアの父親は測量技師として事務所を持ち手広く経営も成功していた。そんな彼が、『いて座M22』探索チームの一人に抜擢され、勇んで出かけていった。そして、エーミィの父親のように『ミカエル』と共に忽然と、いなくなってしまったのだ。

「パパが死んだから私たち、『マクスフォルン』から『コーネリア』に移住するんだって、ママの実家があるから、だから、そっちへ移るって」
「じゃあ……会いに、行くよ」
「お願いシュー、アンタは私から離れないで、お願いよ!!」

どれだけ探したんだか分からないが、相当な距離を走ったに違いない。アカシアは裸足で、ねだって買ってもらったというお気に入りの赤い皮靴が両方脱げてしまっている。

「会いに行く」
「ウソ!!それに、そんなの不可能じゃない、私にだって分かるわよ、バカァ」

確かに、子供の私情では移動船に乗せてなんて貰えない。それは常識だ。
だがじゃあどうして、子供の身で『コーネリア』に一人で移住することがどれだけ難しいのか分からないんだよ、とシューはアカシアの身体を抱きしめながら、心中で激しく責めていた。
口に出して言わないのは、アカシアが今とても弱っているからだ。そしてだからといって、どうにか策を凝らして『コーネリア』に移住してやるよ、と嘘をついてやることもできないのだ。

「アカシアァ!!」

回廊の向こうから、小さな体躯が何か赤いものを両手に携えて走ってくる。見れば、それこそアカシアのお気に入りだった赤い皮靴だ。

「来ないで!!アンタなんか……ッ!!」
「アカシア、俺も『コーネリア』に行くからッ」
「嫌よっ、アンタじゃ嫌!!シューじゃないと、嫌なの!!」

赤い靴を持って駆けて来たハックルベリーは、アカシアの射程距離に踏み込んだ一瞬で、銃弾のように素早い蹴りを顔面で受け後ろに吹き飛ぶ。
その手から赤い靴が弾みで落ちて、てんてんと弾みながら散らばった。
顔のど真ん中に強襲を受けた所為で断絶した、ハックルベリーの鼻の血管からも、その靴のように赤い滴がてんてんと床に落ちる。ハックルベリーは酷い仕打ちに泣きもせず、呆然とアカシアを見ていた。

「アカシア……」
「私の名前、呼ばないで」
「……ごめん」

ハックルベリーは刹那の間だけ顔を歪ませ、泣き出しそうな素振りをみせた。しかし込み上げてきたそれを堪える為に、ひたすら垂れっぱなしだった鼻血をずずっと吸い上げる。

「違うわ、蹴ったりして、ごめんなさい、痛いことしてごめんなさい」

アカシアの口から嗚咽が漏れる。酷い錯乱状態で、身体が密着しているシューにはダイレクトに、嗚咽を堪える震えが伝わってきた。

「私が産まれたとき、本当はアカシックって、付けられるはずだった」
「アカシック……」
「アカシック・レコードのことよ」

アカシック・レコード。
人類の過去から未来、宇宙の誕生から滅亡までが刻まれた、いわば宇宙の記憶だ。
大昔の預言者たちは、そのアカシック・レコードを読むことが叶い、それに従って様々な預言を人々に与えた。危険も、ある程度は回避できたという。

「私が本当に、アカシック・レコードが読めたら良かったのに。そうすればパパに、『ミカエル』に乗らないでって言えた、ママも悲しませなくて済んだ」

でもその名前は厳つすぎるよ、シューは思った。腕の中の嗚咽は止むことはない。
今の彼女に何を言ったところで、慰めにもなるまい。

「アカシアなんて、中途半端に花の名前なんか付けてもらったから、私がいけなかったんだ」

女の子らしくなくたって良かったし、パパが付けてくれるならどんな名前だって嬉しかったのに、どうして私は花の名前なんだろう。そう喚きながらアカシアはわあわあ泣いていた。
その姿に、さっき形見の望遠鏡に縋りつくように悲しんでいたエーミィが重なる。

「違う……」

どうして皆、なんでもかんでも自分の所為にしてしまうのだろう。シューは思った。
原因はきっと、別の場所にあるに違いないのだ。なのに手も足もでないまま、何が起こっているのか分からないまま、このままは嫌だ。



翌朝、アカシアとその家族は早くも『コーネリア』へと移っていき、最後まで彼女の顔に明るさが戻ることはなかった。