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ワールドイズマインのころ

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ラブソングの必要




急速にふくれてゆく思いは人並以上に発育したぼくの身体にさえおさまっていられずにもはやその全容をぼく自身つかまえておくことができないくらい不格好に肥え太りつつあるけれどきっとぼくはきみのことを死ぬほど愛しているか、さもなくば大嫌いなんだろう。

「……愛憎だね」
「篤郎くん。酔っているね」
「酔っていない」
「酔ってるやつっていうのはそう言うもんなんだよ」
「酔ってないやつもそう言います」
「やっかいだなあ。帰ってよ」
「いやだよゆたかのばか。ばかちん」
「うそだよばか」

ふたりして散々だったテスト明け、バンドもバイトもそこそこに零時を越える。
音信を絶って死んだように眠る者、ひと月前から押さえていたコンパに弾丸のごとくすっ飛んでいく者、自主オナ禁から解放されて逆に廃人化するであろう者などサークルメンバーたちの羽ののばし方は実に様々で、それはそのままバンド内のいわゆる方向性の違い、として如実に表れていた。
ちなみに、ロックンロールに就職希望のぼくたちはギターとアルコールだけが友達である。

「アツロウクンハマジメダネエ」
「かたかなで言うのやめてくれる」
「だって就職すんでしょ篤郎」

煙草片手にみかんを咀嚼しているわけのわからないぼくの恋人は、そこへ更に泡盛を流し込みながら煙草で俺を指さした。
わけがわからないが、器用ではある。

「……温はなんでそんな軽快なの。なぜきみはいつでもそんなにかがやいてるの」
「翼は生えてないけどね」
「想像したら気持ち悪くなった。うえ」
「ここで吐いたら別れ話するよ」
「吐かねーけど、……俺たぶん眠いんだよ」
「間違いねえな。泊まってくんでしょ?」
「とまって……かない。かえる」
「なんだそれ。つうか無理でしょ」

序盤で早々に端へのけられた新曲の楽譜と筆記用具、発泡酒の空き缶、おさらとおはし、手際よく片されるテーブルのすみっこでぼくもよごれたうつわの気持ち。

「手伝ってよ」
「んー」
「始末しちゃうよ」
「始末してよ」
「あほ」

うつぶせた頭のうえに何かを載せられて、部屋を出ていく温の足音を聞く。
頭からだらりとテーブルにたれたそれをアルコールが抜けはじめてかじかんだ指でつまみ上げると、よれたルーズリーフだった。
書きかけの詞の断片があまたに散らばっているけれど、それらに完成するあてはないし、未完成の美しさもない。
ああ、かなしきは愛されないことばたちである。

「……ごめんよ」
「何が」
「はっ」
「はって。あなた時々言動がものすごくおたくっぽいですよ」
「…………」
「寝るな。これねまき、着替えてほら」
「うー」

肩をつかまれて引っ張りあげられる勢いのまま、わざとらしく後ろに倒れた。
あきれて眉をさげた温のかわいらしい顔を、おそらくしてとてつもなくいかがわしい顔でぼくは見上げる。

「脱がして」
「脱がしたら着せないけどいいの」
「いやんばか。ゆっくんのえっち」
「篤郎」
「うん?」
「なんか泣きそう」
「……え。なんで。俺のせいですか」
「いや、俺でなく。篤郎が泣きそう」

したたり落ちそうだ温の目が。
一重まぶたで黒目がちの人というのは大体そうだけれど、温も例にもれず、笑っていても怒っていてもあんまり目もとの表情が変わらない。
冷たくてやわい水の玉がとろんと入っているようだと時々思ったそのふたつの目がしたたり落ちそうだ。ぼくは思わず温の顔に手をかざした。
その手を掴まれる。

「篤郎。俺のこと好き、」
「……死ぬほど」
「それじゃ困るんだよね。俺、篤郎といっしょに生きてこうと思ってんだから」

温の目がしたたり落ちた。気がした。
冷たくてやわい水がぼくの頬っぺたにすべってゆく。

「温。なんで泣くの」
「いや、こっちの台詞だよ」

掴まれていないほうの手で目をこする。
これは。大災害だ。決壊してる。
あとからあとからあとから溢れてこめかみを伝ってゆくものが、耳の横をとおって髪のあいだに浸み入ってくる。ぼくは肩をすくめて身震いした。

「……泣いてなどいない」
「まだ言うんかい」
「泣いてねーもん。酔ってるだけだもん」
「やっぱ酔ってんじゃん」
「温の馬鹿」
「知ってる。ねえ、なんで泣くのよ」
「温、いや、好きなんだけど。本当に」

色んな気持ちのゲージが高まっていて、アルコール冷えした身体の一番うえで頭だけが浮き上がるみたいに熱っぽい。
耳までまっ赤であろう顔を覆うには片手だけでは足りないけれど、いちばんみっともなさそうな目もとをとにかく隠した。

「好きなんだけど、俺はなんか、ひどいんだよ。もしかしたら、大嫌いなのかもしんないんだよ」
「うん」
「もし温のことが嫌いなんだったら俺はどうしようって思うんだけど、もうどうしようもないんだよ」
「だから就職するの」
「……それはあんまり関係ないよ」
「だから俺に好きかどうか聞かないの」
「それ……は、ちょっと関係あるよ」
「篤郎。俺から逃げたい?」