りんみや 星夜の後
「あんたさ。みやくんがいないと怠惰だな? 」
「はあ? つまみが足りないか? 浦さん。なら、ちょっくらコンビ二まで走って来るぜ。何がいい? 」
「バカだなあ、こういう冷酒ってやつは、塩でいいんだよ。そのほうが酒の甘味が感じられていいんだ。違うよ。」
「あんた、本当にアメリカ在住暦三十数年の日本人か? どこで、そんな飲み方を仕入れてるんだ? 」
「うまい酒の飲み方は万国共通。そうじゃないよ、この部屋。掃除してるのか? 」
ここのところ、子供が帰れなくなっているので、掃除担当者が不在の部屋は、とんでもなく荒れている。
「だから、汚れるから、俺のジャージに着替えろって言っただろ? 」
「違う。あんた、ちゃんと人間的な生活してんのか? 」
「・・さあ? 生きてるからしてるんじゃないかなぁ。」
「こらこら、してないって言ってるぞ、それは。こんな部屋、よく瑠璃さんは文句言わないな? 」
「言う暇はないだろうさ。見えてないからな。」
「・・・なるほど。」
ふとした相槌に沈黙する。共通したものは、とても重いわけで、話題としては不釣合いだ。
「ほんとは、あんたが、その候補っていうか、元は、あんたのものじゃないのか? 」
「くくくくっ・・・・あんたらしくもなく、嫉妬か? 」
「違う。」
「わかってる。それはNoだ。俺も瑠璃さんも、そういう気分はない。」
「そう? 」
「そう。」
「なら、いいんだ。ちよっと罪悪感とかあったりするんだよ、俺としてはさ。」
「はあ? 」
「静かな空間を嵐にしたっていう自覚はあるんだ。」
「それを望んでいたのが、その空間の主だとしてもか? 」
「知らなければ知らなくて済んだことって、本来は知らないほうが良いんじゃないの? 」
「さあ? でも、俺は今の瑠璃さんのほうが生き生きしてて好きだよ、りんさん。あの人が、本当に真正面から向き合える相手が出来たことは、喜ばしいことだと思う。まあ、欲を言えば、もうちょっと資産があれば云う事なしっっ、ってとこだな。」
「悪かったな、貧乏人で。」
「それでもさ。瑠璃さんは、気にしてない。あんたが、瑠璃さんを、ここに呼び寄せられるだけのものがあるのなら、瑠璃さんは幸せだろうと判断する。何もないりんさんが、等身大の瑠璃さんを見ていてくれるなら、それは、とてもいいことだよ。よろしくね、りんさん。」
浦上がくぴりと、酒を飲み干す。この男の本音は、とてもらしくて、りんは、苦笑する。いつの間にやら、浦上はりんにだけは本音を漏らすようになった。対して、りんも、浦上には隠さないようになった。だから、ふたりで、よく飲む。
「全部なかったことにしなくていいように、あんたの信じる神様にでも願掛けしといてくれ。もう、それくらいしかすることがない。」
「悪いな。俺は無神論者だ。・・・・この広大な世界のどこかに解決する糸口がないかを、日夜、探索することに全力を注いでやる。その代わり、あんたは、瑠璃さんを包んでやってくれ。」
「わかってる。あんたへの協力も惜しまない。」
「なんとかなるさ、りんさん。人生論なんてものじゃなくてさ。なんていうか、人間万事塞翁が馬ってやつ? 」
「意味わかんないぞ、それ。」
「いいから、いいから、まあ飲め。」
「あんたが飲め。俺、酔い潰してどーすんだ? 」
「俺としては親切に睡眠時間を与えてさしあげようと画策しているところだ。」
「そうか、ありがとうよ。」
ふたりして、同時にバタンと後ろに倒れ、力なく笑って目を閉じた。