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若い小説家の奇妙な夢

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『若い小説家の奇妙な夢』

 若い小説家ニシジマ・トシオには仲の良い兄ハルキがいた。ハルキはマラソンランナーだった。夏のある日、不慮の事故で突然この世を去った。ハルキが二十八歳、トシオが二十五歳のときである。あまりにもあっけない出来事に、トシオはとても現実に起こったこととは思えなかった。葬儀か行われた。あまり悲しくはなかった。どこか嘘っぽかったから。それにハルキは小さい頃から悪戯好きだった。小さい頃のように、どこかに隠れていて、ふいに飛び出してきて、驚かそうとしているようにも思えた。そんなふうに思ってしまったのは、トシオがもともと空想を好むという性格によるところが大きいのかもしれない。その空想を好むというところが小説家にしたのだが。

 トシオは奇妙な夢を見た。それはこうである。―――彼の家が古い城下町の家が入り組んだ路地裏にあった。家の軒差にたくさんの鉢植えがあった。植物が好きだったハルキが育てていたものだった。ハルキが亡くなった後、代わって植物に水をやった。
 その日、朝から夏の強い日差しが差し暑かった。見上げると、青い空に白い雲。四方から聞こえてくる喧しい蝉の声。何もかも夏色に染まっていた。
 水をやっていると、ふいに影が現れた。
 振り返ると、一人の若い女が立っていた。麦わら帽子に、薄い白っぽいワンピース姿だった。あまりの美しさに言葉を失った。何かを言おうとすると、微笑みながら「ハルキの恋人だ」と言った。
「ハルキの形見に植物をくれ」とも言った。
 彼女の目を見た。嘘をついているように見えなかった。妖しい黄色の花をつけるサボテンの類の鉢を差し出した。
 小声で「ありがとう」と言って受け取る。じっと見つめていた。彼は妙な恥ずかしさと懐かしさを覚えうつむいた。
 彼女が何かを言いかけようとして唇を動かそうとしたが、なぜか止った。
「さようなら、またね」と言った。
「さようなら」と言おうと思って顔を上げたとき、彼女の姿はなかった。あちこち探してみたもののもう、どこにも彼女の姿はない。まるで狐に抓まれたような不思議な感じがした。けれど甘い香りが残った。それがかろうじて現実であったことを示していた。そのとき初めて彼女が甘い香水をつけているのに気づいた。
 彼はとても恋しい気分となった。それがなぜなのか分からなかったが。人間というのは不思議なものである。他人のことはとやかく詮索するのに、自分となるといい加減になる。彼もその例外ではなかったのだ。ただ恋しさがどんどん募っていった。一まるで初恋のような気分になっていった。
 どうしても彼女のことが知りたくて、ハルキの部屋に行き、彼女の手がかりを探す。ある日、ハルキの日記の一頁に彼女らしい人物の女性のことが書かれていた。そして住所まで。彼はそれがあの彼女だと確信した。

 十分歩いていける所に彼女の家があった。
実際に彼女の家を訪ねたのは、夏の終わり、うだるような暑い日の昼下がりだった。
 どこからもなく吹くが風がかえって暑さを掻き立て、それが妙にうるさく感じ苛立ちを覚えながら彼女の家を訪ねた。
 古い和風の家だった。
 戸を開け、「こんにちは」と声をかけると、彼女が出てきた。彼女は驚かない。
 あたかもずっと来るのを待っていたかのような当然の顔をしていた。
 一言二言会話をした後、彼女は微笑み、二階の部屋に案内し鉢植えをみせた。花が咲いている。見事な黄色の花である。
彼女は「ここで待っていて」と言って消えた。
 風鈴の音がする。チリン、チリンと。窓から音の方に目をやると、向かいの家の軒先に風鈴がかかっていた。細い路地は夏の強い光を浴びて煌いていた。
 いつになっても戻ってこないで、彼女を部屋を出て探した。
一階の部屋で大きな鏡台に向かって化粧をしていた。鏡に映る彼女は実に色っぽい。髪をかきあげ後ろに束ねようとしている。胸の形があらわとなる。見事なお椀の形をしている。
 彼は触れてみたい衝動に駆られて、つい手を出しまった。彼女は拒絶しなかった。彼女はくすっと笑う。柔らかな乳房から温もりが伝わってきた。
 どこからか、カラン、カランという下駄の音がする。
――夢はそこで途切れた。


作品名:若い小説家の奇妙な夢 作家名:楡井英夫