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プティ ムシュ 1

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      プティ ムシュ







 
     1

 埼玉方面から東京に向かう電車は意外に多く、その数は十近く存在する。その中の一本が私が通勤に使用する電車になるわけである。
 通勤や通学時間というものは大抵同じ時間にするものである。よほどの事がない限り(例えば日によって始業時間が違う)一週間を通して同じ時間に家を出て、同じ時間の交通機関を使用し、同じ時間に出社ないし登校する。
 人間とは不思議なもので絶えず変革を求めているようで、こういった規則性や習慣性によって安心感を得るものである。かく言う私もそのうちの一人だ。そのため私が使用する電車車両の顔ぶれというのも毎日たいてい同じものになる。
 さらに面白い事と言えば、私のように十年近くも同じ電車を使用していると、稀に他人の人生を垣間見る事もある。例えば、学生だ。中学にしろ高校にしろ三年間その人間の通学姿を見る事がある。入学時は大勢の友達と通学していたのに、いつのまにか一人で通学していたりするのを見かけると、『仲間と喧嘩別れでもしたのだろうか?』など気になったりする事もある。そして時には、中学時代は太めで眼鏡をかけていた女の子が、高校に進学したと同時にコンタクトレンズに変え体も少し細身になったり。しかし、その子の場合、元々の体系が骨太体系なため肉が減ったところでゴツさに変わりはない。
「気張ったところで無駄ですよ。」
と声をかけてやりたいくらいだ。
 そんな私がこの十年で出逢った人たちの中でも、取り立てて珍妙な男が居る。どのように珍妙なのかと言うと単純にその風貌が珍妙なのだ。具体的に描写をしよう。まず背格好。身長は140cmあるかないかという具合に小柄(小柄すぎる)。体系は痩せ形、猫背。若干色黒。いつも同じような格好で、頭にはチェック柄のハンチング。背中には、その小柄な体には大きすぎるリュックサックを背負っている。
 なぜであろう?私は大勢居る電車の同乗者の中で、この珍妙な男の存在が非常に気になってしょうがない。理由はその珍妙さだけであろうか?いや、珍妙なだけなら、まだ他にも居る。その風貌からは想像できないワイルドな声を発するとっつぁん坊や。いつでもどこでも迷彩柄のパンツをはく石橋凌似のオールバックポマードのおっさん。つまり、この珍妙な人物はそれ以外に何かがあるようだ。
 そして私はある日、この珍妙な人物の真相に迫る機会を得た。
 それはある休日の事だ。昨晩意味もなく夜更かししたため遅めの朝食をとり、朝食をとりながら今日の予定について考えた。数週間さぼり続けていた部屋の片付けをするのも悪くはないと思った。いい加減足の踏み場に困り始めてきたからである。見回せば買ったはいいが読んでいない雑誌、コンビニのビニール袋、脱ぎ散らかしの洋服。(その中にはさすがに靴下や下着の類はない。そこまで不摂生をする人間ではないのだ、私という人間は。)
 しかし、どうも今日はそういう気分ではない。特に見たいものがあるわけではないが、映画でも見に行こうと思いつく。こういう時はあまり小難しいのは良くない。アメリカンコミックをベースにしたアクション映画にしようと思う。
 通勤で使用するいつもの電車に乗り、都内の映画館へと向かうことにした。自然乗り込む車両もいつもの車両であった。習性というのは恐ろしいものだ。そして、ふと視線を移した時、私の視界の中にあの珍妙な男が飛び込んで来たのだ、いつも通りのあの風貌で。
 まず私が疑問に思った事は、この男の職業についてだ。なぜならば今日は平日、(私は仕事の都合上、土日出勤で平日が休みという事がよくある。)そして平日のこの時間に電車の中に居るというのは、どうにも合点がいかない。彼が営業職のような外回りの仕事をしているという可能性も考えてはみたが、どうも現実的ではないような気がする。
 次の瞬間私は、この男を尾行するのはどうかという思考を巡らせることになる。映画はどうしても見たいというわけでもないし、他にやりたい事があるわけでもない。特に何のメリットもあるわけではないが、リスクがあるわけではない。それどころかちょっとしたサスペンス映画の様な気分が味わえるのではないだろうか?まるっきりの自己満足ではあるが、私はそういうバカバカしい事が嫌いな方ではない。
 決まった。
 私はこの男を尾行することにした。
 
 尾行を始めたと言っても当面は同じ車両に居ることしかできない。どこの駅で降りるのだろうか、と気持ちを高ぶらせていたのもせいぜい3〜4駅目までで、動きがあるのを待っているという状況は意外に面白味がない。探偵という職業に子供時代憧れを持ったものだが、私には向かないかもしれない。……などと考えていると終着駅にたどり着いた。さすがのあの男も、この駅で降りないというわけにはいかないだろう。これでやっと退屈せずにすむ。
 と、思っていたが思いがけないことが起きた。そう、男は電車を降りようとはしないのだ。乗っていた電車は車庫に向かうわけでもなく、上りが下りにかわるという具合で進行方向のみを変えるだけである。私は少しぞっとした。自分から始めたことではあるものの、いったいいつまでこんなことを続けさせられるのか。しかし、私がもっとぞっとさせられたのは、尾行している私を、さらに尾行している人物がいたということだ。


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作品名:プティ ムシュ 1 作家名:橙家