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とある夜と、兄と妹

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 塾から帰ると、玄関マットの上に妹がちんまりと座り込んでいた。
「……なにしてんの?」
 妹はゆっくりと顔を上げて僕を見た後、ゆっくりと、玄関とリビングを隔てる扉を振り返る。両親の声がした。友好的な声ではない。学校と塾を終えて帰ってみれば、これだ。勘弁してほしい。
 妹は四つだった。僕とは十歳、年が離れている。一年前に突然できた妹だった。義母の連れ子なのだ。そういうわけで当然、僕と容姿は似ていない。だけど、親が喧嘩しているときの逃げ方は同じだった。一緒に暮らすとやはり性格だけは似てくるものなのだろうか。
「おいで」
 妹を抱き上げて、そっと自分の部屋へと戻る。誰もいなかった部屋は暗くて寒い。両親の話している内容は聞こえないが、苛立ちの混じった声がもにゃもにゃと不鮮明に届いてきて、どっちにしろ不愉快な気分になる。妹をローテーブルの前に座らせて、鞄を勉強机に放り投げる。
 両親が喧嘩している内容は、大方教育方針の違いだろう。義母は勉強を第一に考え、父は遊びや部活動を一番に考える。折衷案というものはないようだった。僕が義母に勧められて始めた塾通いが、父は気に食わないのだ。僕の意見を聞く、という考えがないところを見ると、方向性は違うもののふたりは似た者同士なのだろう。
 塾に通うことにも、部活動に専念することにも、異論はないのだ僕は。ふたりの夫婦生活が円満に進むのならどうでもいい。ただ、塾に通えば部活動はできないし、部活動をすれば塾には行けない。それが一番の問題だった。
 妹が所在無げに顔を俯けて座っている。僕はもう大きいし、こういうことも割り切れるのだが、妹はまだ四つだ。両親の喧嘩を間近で見せられるのはなかなかヘビーだろう。かくいう僕も、まだ実の両親と暮らしていたころ同じような目にあっていたので気持ちはよくわかる。
「お絵かきする?」
 両親が喧嘩をすると、いつも自分の部屋に妹をかくまっているので、僕の部屋には思春期の男子が持つものではないクレヨンやお絵かき帳、積木のおもちゃや絵本がごく自然に置かれていた。
 妹がこくんと頷いたので、テーブルにお絵かき帳を広げ、クレヨンの蓋を取ってやった。妹は黙り込んだまま黒いクレヨンを取って、ぐりぐりと白い用紙に塗ったくっていく。どうやら人物を描いているらしい。妹は、四つにしては絵がうまいと思う。いや、身内の欲目とかではなく。
 しばらく妹の絵を眺めて、そういえば学校からも塾からも宿題を出されていたんだと、鞄を開いた。どんなに気が滅入ったって、休日でもない限り学校も塾もなくなってくれやしないのだ。両親の不仲でグレる人間にだけはなるまいと、半ば意地で真面目に日々を過ごしている。まあ勉強も、やって損するわけでもないし。テストで高得点をとるのは気持ちよくて好きだ。
 もう一度、ちらりと妹の様子を見て、宿題に取り掛かった。




作品名:とある夜と、兄と妹 作家名:ラック