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ひとりと、ひとつ。(T-02M)

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 昨日の晩、酔っ払った持ち主によって壊された僕は、日が昇ってしばらくしても細い路地裏の片隅に放り投げられたままだった。
 本体の端末は、すぐ近くで細かい部品をアスファルトに散らかしたまま転がっている。
 実体化機能が生きていれば、端末を拾って自分で歩きショップに行ける。通信機能が使えれば、データだけでもセンターに戻ることができる。そのどちらも出来ずに僕は途方に暮れていた。

 上手く形を作れない掌が、時々ざらざらとした細かいモノクロの砂状になって消えては戻る。路上に座り込んだ僕の身体のあちこちも同じようになっていた。
 こうして姿を可視化していられるのも、時間の問題だろう。
 夜中、ネオンで賑わっていた歓楽街の路地裏は静まりかえっている。しかもマップを最大に拡大しないと表示されないこの通路は、滅多に人が通らない。今でさえ人目に付かないのに、僕が消えてしまえばきっと気づかれることはない。
 最後にセンターへアクセスしたのは、一昨日の夜だ。昨日の合コンで聞きだして登録したアドレスはこのままだと消えてしまう。

 こういうことは、よくあった。
 物の扱いが荒い人だから、何度もいろいろな所へぶつけられたし水没もした。高いところから落とされたこともあった。防水機能があるとはいえ、タフネスタイプでもないのに、どうしてこうも雑に扱えるのか分からない。
 加えて、僕のことが気に食わないらしい。どこまで壊せば、僕が消えてしまうのかなんてことを試したりしていた。それなら早く機能を外してしまうか変更してしまえばよかったのに、オプションで付けた僕を変更するのは手間がかかり、面倒くさいと話していた。
 端末に衝撃が加わっても、例え実体化した僕が殴られても、痛いという感覚はない。気分のいいものではないけれど、僕たちに選ぶ権利はない。選ばれてはじめて存在できる。
 できることといえば、頻繁にセンターへアクセスしてデータを保存するくらいだ。もし仮に壊れて消えてしまったとしても、その時までの僕には戻ることができる。

「動けないのか?」
 突然掛けられた声に顔を上げる前に、相手の顔が近くまで下りてくる。
 通りすがりの善意なんて、こんなところに都合良く現れたりしないと思っていた。僕はこのままここで一度消えてしまうまで、じっとしていないといけないのだと思っていたのに。
 僕の向かいにしゃがみ込んだ若い男が、足もとでバラバラになっている端末を見て眉をひそめた。
「……あー、こりゃ酷いな」
「店まで、連れて行って、もらえますか」
 汚い声が出た。耳障りなノイズ混じりの音。本当はこんな声じゃない。
「それはいいけど、これ動かしたら余計壊れそうだぞ。通信機能もダメなのか?」
 持ち上げればますますバラバラになりそうな端末に躊躇するように手を伸ばし掛けてやめ、周りの小さなパーツを拾いながら尋ねられて、僕は頷いた。
「センターに戻れません」
「赤外線は? もし使えるんだったら、こっちを踏み台にして戻ればいい」
 拾い集めたパーツを僕の端末の近くに置き、彼はポケットから深い緑色のケータイを取り出した。比較的新しい機種にも関わらず、僕のような機能が付いていないのは珍しい。
「でも……」
「お前みたいなのはいない。昔の彼女が嫌がったからな。それだったら確か、こっちが認証を出せば移って来られるだろ?」
 赤外線通信なら、なんとかなりそうだった。それに彼の言うとおり、僕と同じ機能がないのであれば、ぶつかり合うこともなく踏み台にはできる。
 ただ、僕が端末を移るということは、その端末の中身も僕に全て見られてしまうということだ。あくまでも僕はあちらの端末に紐付けされた存在だから、やろうと思えば中のデータを全てコピーすることも可能だった。
「セキュリティ上、良くない」
 まだ躊躇している僕へ向けて、彼が赤外線の受信ボタンを押す。
「見られて困るようなモンは入ってないよ」
 笑いながら促されて、仕方なく僕は彼の端末へと身を寄せた。

 すぐにセンターへ戻るはずだった。
 踏み台なんて一瞬で終わる。ぼんやりと留まってしまったのは、初めて移った別の端末が、なぜかとても居心地が良かったからだ。センターへ戻った時とも違う、不思議な高揚感がある。
 タイミングを逃した僕を、ただの通りすがりの彼は、ついでだからと壊れた端末と共に近くのショップへそのまま連れて行ってくれた。
 端末がここまで壊れてしまうと、直しようがない。きっと新しい端末に替えないといけないだろう。その時に僕を継続で選ばない限り、新しいケータイに付属している別の人格になる。……選ばれる可能性は、ほとんどない。
 途中で歩みを止めてしまった僕に気づいて、彼が立ち止まる。
 普通は逆だ。僕は立ち止まったりしてはいけない。
「どうした?」
「……必要ないんだ」
 今度はちゃんと歪んでいない声が出た。そういえば身体もちゃんと形を作れていて軽い。
 でも、もうすぐ僕の仕事は終わる。いや、もう終わっている。
「僕は必要とされていない」
 だから壊されて放っておかれた。今更、戻っても廃棄されるだけだ。
 いつかはこんなことになるだろうと予想はしていたけれど、実際そうなってみると思った以上に動揺した。僕にはどうしようもないことだと分かってはいる。いつものように淡々と受け止めればいい。そう思うのに……。
 不意に頭へ何かが触れ、驚いて顔を上げると、目の前の男が呆れたような顔で笑いながら、掌で僕の髪をくしゃくしゃと軽くかき混ぜた。
「そんな顔するなって」
 僕は、今どんな顔をしているのだろうか。
 内部のプログラミングは経験を重ねるごとに複雑になっていくため、すでに自分でもはっきりとは把握しきれない。
 ただ、こういう触れられ方はされたことがなくて、戸惑う。
「お前の持ち主が探してなかったら、手続きしてもらって俺がこのまま引き取ろうと思うんだけど、どう?」
「どうって……僕、を?」
 何かの聞き間違いじゃないかと思った。
 なぜ、必要とされていない僕を必要とする人が居るのか、わからなかった。
 彼はからかっている様子でもなくこちらを見ている。僕には断る理由がない。
「欲しかったからちょうどいいなと思ってさ。もちろん電話番号とかデータ関係の記録は消して貰うことになるけど、記憶は残してもらって。悪い話じゃないだろ?」
「普通は、全消去します」
 前の持ち主の痕跡が残るようなことは、嫌がるものなのではないだろうか。それとも、この人の考え方が特別なのだろうか。
 必要とされない僕を必要としてくれるのだから、特別……というか、物好きなのかもしれない。
「知ってる。でもあって困るもんじゃない」
「持ち主が困らないというのであれば……」
「ならオーケーだな。……大事にするよ」
 もう一度、頭を撫でるようにして、それから僕の手を引いて歩き出す。
 ……どうすればいいのか、わからない。今までの環境と違いすぎていて、戸惑うことが多すぎる。
 それでも、僕を必要としてくれている人がいるのなら、僕は……。
「ん? ケータイ熱くないか?」
 ポケットの中で熱を持った端末に触れた後、彼は僕を見て笑った。