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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・パラレル-月光姫譚-

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 呆然と立ち尽くすメイは自分の手が真っ赤に染まっていることに気が付いた。服に真っ赤な薔薇が咲いている。死んだ黒狼の血で穢れてしまった。服だけでなく、それ以上のものが穢されてしまったような気がする。
 ここが夢だとしても、死という重さが心に突き刺さる。例えそれが自分を襲った獣だとしても、メイの心は酷く痛んだ。
 紅頭巾の女の子は黒狼のことなど忘れてしまったように、花光る森の奥へ歩き出した。メイは慌ててその後を追う。
「待ってよ、置いていかないでよ」
「何でついてくるのよ?」
「だって、僕のこと助けてくれたのに、今度は置いてけぼりなんて酷いじゃないか」
「助けたくて助けたわけじゃないし、それにあんたのせいでチャンスが不意になったじゃない!」
 急に強い口調になった紅い頭巾の女の子に怯え、メイはビクっと身体を震わせて足を止めた。それに合わせて紅い頭巾に女の子も足を止めて振り返った。
 紅の中に浮かぶ片目の黒瞳がメイを見据える。
「あんたのせいでアタシの計画は台無しになっちゃったの。あんたさえ現れなきゃ、魔女を殺せたのに……」
 俯いた紅い頭巾の女の子は打ち震えていた。
 メイはどうしていいのかわからなかった。だから、この言葉が自然と出た。
「ごめん、僕が悪かったなら謝るよ」
 叱られた仔猫のように身をすくめるメイを見て、紅い頭巾の女の子はため息をついて少し笑みを浮かべた。
「別に謝ってくれなくていいよ、済んだことだし。アタシの名前はベレッタ、あんたは?」
「僕の名前は明るいって書いてメイ」
「変な名前」
「やっぱりそうなのかなぁ?」
「女の子みたいな名前だし、明なのに根暗って感じがする」
 根暗と言われてメイはよけいに肩をすくめた。それがベレッタの心を和ませた。
「やっぱ根暗」
「根暗じゃないよ、ただ、ちょっと人と接するの苦手なだけだよ」
「そういうのを根暗っていうの知らないの?」
「もう、根暗でいいよ」
 メイは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。ベレッタの方が幼い顔立ちなのに、今はメイの方がお子様に見える。
 木を背もたれにして地面に座ったベレッタを蒼白い花が優しく照らす。
「ちょっと疲れたから休憩。メイもそこら辺に座って、ちょっと話したいことあるし」
 そこら辺と顎で示された場所に、メイは膝を抱えながらちょこんと座った。
「話したいことって何?」
「人間だよね?」
 突然の意標を衝く質問に、メイは戸惑いながらも上目遣いで頷いた。
「そんな変なことどうして聞くの。僕は人間だよ、たぶん。記憶喪失みたいだけど、どう見たって僕は人間でしょ?」
「この世界にいる人間はアタシと魔女だけだと思ってた」
 静かな夜風が森を吹き抜け、メイは口を小さく開けた。
「そんなまさか!? ベレッタにだってお父さんやお母さんがいたでしょ?」
「みんな殺されたり連れ去られたり。だから残ってるのはアタシと魔女だけだと思ってた。魔女っていうのはメイもさっき見た女のことよ」
 メイの脳裏に牙を剥く怖ろしいマガミが浮かび、あの獣に人々は殺されたに違いないと思った。そう思うと胸が痛み、悲しみがこみ上げて来る。だが、ベレッタは平然とした顔をしている。その表情を見ると、メイの心はなぜかよけいに痛んだ。
 次にメイの脳裏には水面で華麗に踊る喪服の女性が映し出される。とても美しくて、どこかで見た面影を持つ女性。でも、メイの中で何かが違うと言っている。それが何なのかわからない。
 ベレッタはホルスターから銃を抜くと、スライド部分を愛でるように弄り回し、銃の先端に口付けをした。
「この銃は悪魔から貰ったの……片目と交換でね」
 風が囁くように静かに言ったベレッタは、眼帯を少しずらして見せた。現れた瞳は燃え上がる炎のように紅く、だがしかし、感情が全く感じられない冷たい印象を受けた。偽りの炎が瞳の中で燃えている。
 すぐにベレッタは紅い瞳を隠し、銃をホルスターにしまった。その時、メイはホルスターのグリップに薔薇の模様が描かれているのを見逃さなかった。
 薔薇と連想して、メイはすぐに白い仮面を思い浮かべた。一つではなく、二つの仮面を思い出した。ファントム・ローズとナイト・メア――二人は仮面を付けていたのは同じだけど、それ以外にも似ていたような気がした。
 メイはベレッタにファントム・ローズの話を切り出そうとしたが、ベレッタが突然立ち上がったのでタイミングが計れずに言い逃してしまった。
 木々の合間から見える空を見上げたベレッタは、誰に言うでもなく呟いた。
「いつになったら朝が来るんだろうね」
 木々がざわめき、鈴の形をした花が玲瓏たる音色を奏でる。
 少女の横顔は紅頭巾によって隠された。少女は今、どのような表情をしているのだろうか?