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夢幻堂

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 それはカンナにも伝えた言葉だった。セツリの話から思い起こされたカンナの哀しい過去をぬぐい去りたくて。それをセツリだったら分かってくれる気がしたのだ。さっきまで敵意すら向けていた相手に、分かってほしいと願った。
「───そうだな。赦す、赦さないじゃないよな。あいつは全部自分が悪いって思わされちまってたんだ。けど、夢幻堂に辿りついただろ。そんな風に言ってくれるお前にも出会えた。いまはそれでいいんじゃねぇか?」
 優しい響きがシオンに降る。泣きそうになるのをぎりぎりで堪えて、けれど涙がこぼれてしまいそうだったから悔しくて見られないように下を向いた。からかわれるかと思っていたら、セツリは「ほら、これ見てみろよ」とさっきと変わらない落ち着いた声でシオンを促す。葡萄色と新緑色の瞳がまだ潤んだままでセツリの方を向くと、目の前でさっきの小瓶がぶらぶらと揺れていた。
「これは滅多に手に入んねぇ"奇蹟の花"ってって呼ばれるくらいのお宝だ───てのは瑛の受け売りだけどな。いろんな力を持ったモノたちが集まる夢幻堂ですら滅多なことでは手に入らない」
 そう言いつつ小さな瓶をシオンに渡してみせた。どういう仕組みになっているかは分からないが、よく見れば精緻な透かし模様が刻み込まれた透明な瓶の中に、小さな小さな白い粒子がゆうらりと舞い、ちょうどその中心に太陽に当たって眩く煌めく雪のように真っ白の花びらを優雅に開いた花がふわりと鎮座している。夢幻堂にある数多の|骨董品《アンティーク》や美しいと評される装飾品がくすんで見えてしまうほど、透き通った美しさだ。
「……凝視するのが少し怖いくらい、まっしろできれいなんだな。でもどうしてこれをカンナに?」
 《淡雪の花びら》に向けていた視線をセツリに戻し、問いかける。返すものを持ってきたのではないなら、贈りものを持ってきたと考えるのが道理だ。セツリはふふんと皮肉っぽく笑うとシオンの手からひょいっと《淡雪の花びら》を取る。それを手のひらでころころと転がした。貴重なものを扱っているとは思えない態度だ。そんなことは気にしない男なのだろう。
「本当はな、言っちゃいけねぇことかもしれねぇが、俺はお前が心と器を喪って夢幻堂に辿り着いたことに感謝してるんだ。運命だったのかもしれねぇってな。シオン、お前がたとえ過去を思い出すときがあったとしても、きっとカンナを独りにはしないだろ?」
 口を開いて返ってきた言葉はシオンへの回答ではなかった。いや、あるいは回答だったのかもしれないが、あいにくシオンにはセツリの言葉の真意を掴みとることができない。だから言葉通りに受け取って、ただこくりと頷いた。
「過去を思い出したとしても、俺は俺の決めたように生きるだけだ」
 カンナとともに歩むと決めたのだから、彼女を独りにするなんてことはない。きっぱりとした答えに、セツリはここへ来てからシオンに見せている皮肉っぽい不敵な笑みではなく、満足そうな顔を浮かべて大きな手を彼の頭に乗せた。
「それなら俺も安心だ」
 そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。普段カンナと二人でいることが多く、辿りつく魂の中でもこんな風に豪快で、心を見透かされたように感じるのになぜか信じたくなる、色んな意味で大きい人物に会ったことがない。どうやって接していいのか分からないから、シオンはただ撫でられるがままになる。
(でも……安心、する)
 あたたかい手が、自分を害するものではないと魂に刻み込まれた記憶が知っている。カンナがシオンを撫でるのとはまたべつの、守られていいんだと思えるぬくもり。きっとカンナも感じていたに違いない。


 そんな静かなやりとりは、ばさりとなにかが落ちた音で崩れた。二人で視線をそちらに向けると、いつの間にか夢幻堂の入口で大きな薄茶色の瞳をさらに見開いて呆然と立ち尽くしているカンナの姿があった。
「あ、帰ってきたのか。おかえり、カンナ」
 シオンの挨拶に目線だけ返すものの、すぐにシオンの頭に大きな手を置いているほうに目がいく。
「セツ、リ……さん?」
「おう、久しぶりだなちびっ子。……なんだお前、全然成長してねーな。ちっこいままじゃんよ」
 シオンの頭から手を退かすと、セツリはソファーから立ち上がりひらひらと手を振った。解放されたシオンもつられてなんとなく立ち上がる。
「どうしてここに!」
 思わず叫ばずにはいられないといった感じのカンナに、セツリはからからと笑って手に持っていた小さな瓶を投げる。
「これを渡しにきただけだったんだが、どうにもシオンと気が合っちまってなぁ」
「これ、って……《淡雪の花びら》……どうやって取ってきたの?」
 突然投げられたものを慌てて取ると、そこには存在自体が奇蹟と言ってもいいものが手の中にあった。それに驚いて言葉が詰まる。見上げたセツリの顔はその反応の満足そうに眺めてていた。
「ちょいとな。それよか瑛が来たんだってな?」
「……ヨウ様に会ったの?」
 ヨウが来たのはつい最近のことだ。彼はいま"流浪の行商人"として、この"狭間の世界"を渡り歩いているはずなのだから、同じくそこを飛び回っている"夢の渡り人"であるセツリがヨウと出会っていたとしても不思議ではない。けれどカンナの問いにセツリはただ首を振って否定しただけだった。
「いや? あいつ、いま流浪の行商人なんてやってんのな。商売なんて一番似合わねぇのに」
「ヨウ様は芯の強い方だもの」
「お前はあいっかわらず瑛の信奉者だなー」
 思いきり呆れた声を出しながら脱力したセツリをカンナはじろりと睨んで、セツリのそばに立っているシオンに近付くと、手の甲が隠れるくらいのシャツをラフに着ているシオンの袖を引っ張っぱりつつ自分のほうへと寄せる。
「シオン、今度来たら追い返していいんだからね。セツリさんはお客様じゃないんだから」
「たしかにお客じゃないけど、ここに入れるんだから招かざる客じゃないんだろ? それにカンナのことも心配してたぞ。追い返さなくたっていいだろ」
 引っ張られた格好のままでシオンはカンナをじっと見下ろして言った。カンナが子どもっぽく感情をあらわにするのはシオンにとっては珍しい。すぐ触れられそうな位置にある薄茶色の瞳には負けるもんかと言わんばかりの勝ち気な光が宿っている。どうしたものかとカンナを見下ろし、次いでセツリを見ると面白そうににやにやと笑っている。
「おーシオン、お前いいやつだなぁ。ちびっ子、聞いたか?」
「ちびっ子じゃないわよ」
 カンナはシオンを横に退けると、つかつかとセツリの方に歩いてむっと睨む。そんな抗議なんてどこ吹く風と言わんばかりにセツリはまたにやりと笑ってカンナの頭に手を置く。
「俺にとっちゃお前がいくら大人になろうがちびっ子のまんまなんだよ。きっと瑛だってそうだぜ」
「ヨウ様はセツリさんみたく子供扱いなんてしないわ」
「ったく、ああ言えばこう言う」
「それはセツリさんでしょ!」
作品名:夢幻堂 作家名:深月