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ともだちのしるし

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四月十四日(水)「ニュウブ」



 入部届けは、学年、クラス、氏名と希望の部活名を書いて、直接顧問に渡す形になっている。基本的に希望の部活に入部できる。
 鈴川さんは入部するのだろうか。それが一番の気がかりだった。美術に興味があるとは思えなかったけど、入部届けが出されれば当然受理されて、美術部員として一緒に活動する事になるのか……。そう考えると気が重かった。
「はあ……」
 窓の外を見ているのか、その前に置かれているイーゼルを見ているのか、見ているようで実は何も見ていないのか。目を宙に彷徨わせて、幾度目かのため息をつく。
「何だか、あれからため息ばかり出てる気がするなあ」
「美胡っちー、その年で独り言か?」
「へ? あ……い、いえ。何でもないです」
 焦点が部長に合って、ここが美術室だと再認識した。
「美胡、絵のテーマ決まった?」
「あ、うん一応ね。愛華ちゃんは?」
「この前、外で良いもの見つけてさー。ほら、コレ見てよ」
 その写真には、奇麗な黄色い花が写っていた。
「これは、山吹……かな?」
「正解! この黄色がメチャクチャ奇麗でしょ。この写真だと、レモンイエローに近いかな? この色を鮮やかに前に出して、下からのアングルで空を上にレイアウトして、こう……僕は小さな花だけど、空に向かって頑張ってるぞーって感じを描きたいんだよねー」
「あ、それいいかも」
 愛華ちゃんの絵は力強くて、いつも元気をくれる。
「で、美胡は?」
「私? うーん、まだ内緒」
「えー、教えてよー。美胡の絵は、美胡自身の心を映すからなー。モチーフ無しで描くなんて、あたしには絶対無理だよ」
「そんな事ないよ。私が描きたいものは私の中にあって、それをそのまま紙に表現するだけ」
「謙遜しちゃって。ヨーシ、あたしも頑張るぞー!」
 張り切って自分の作業に戻る。完成が凄く楽しみだ。


 ツンツン。
「ひゃぅ!」
 突然、ゾクゾクッとした感覚が背中から全身に走り、思わず背中が反り返る。振り向くと、やっぱりその顔があった。
「す、鈴川さん……」
(だよね。来るよね)
「また見学?」
「応援だよ」
 私の隣に座る。両足をブラブラさせて、プレゼントを開ける前の子供のように、目を輝かせてワクワクしているのが見てとれる。
「何だか随分と楽しそうね」
 少し低くてトーンも変わらない冷たい声だった。何だか嫌味っぽく聞こえちゃったかも。目つきも悪かったような気がする。あの時から持っていた不快な気分を、鈴川さんにぶつけてしまった感じで悪い気がした。あ、いや元々の原因は鈴川さんにあって、私はその被害を被っている訳なんだから、私が悪いと思うのもおかしいんだけど、鈴川さんに意地悪している気がして、それが申し訳ないと思わせるのであって……。はあ、何だかモヤモヤしてきた。
「白が楽しいのは、おねえちゃんと一緒だからだよ。おねえちゃんと一緒だったら、何でも楽しいよ」
 恥ずかしい台詞をあっさりと言ってのける。どうしてそんなにストレートに言えるの? 私は藤ノ宮さんに話し掛ける事すら出来ないのに。
「ねえねえ、今日はなにをするの?」
 そんな私の気持ちをよそに、顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「そうだな……、もう一枚水張りをしようかな」
「白もやってみたいな」
「え? 慣れるまでは結構難しいと思うけど……、やってみる?」
「うん!」
「じゃあ、バットにこれを浸してくれる?」
 水彩紙を渡す。
「あ、もっと優しく持って。折り目が付いちゃう」
「こう?」
 手をお皿の様に開いて、その上に水彩紙を乗せている。そこまで丁寧じゃなくてもいいんだけど、私が入部したばかりの頃と同じ事をやっているのを見て、少し可笑しくなった。
「ゆっくり水の中に入れてみて」
「う、うん」
 バットの水が水彩紙に染み込んでいき、少しずつ水の中に沈んでいった。
「わあ〜。おねえちゃん、白にもできたよ」
「水に入れるくらい、誰にでも出来るよ」
 私も自分の分をバットに浸す。
「はい。このまま完全に水が馴染むまで、しばらく置いておくの」
「そっか〜。あ、あの絵はだれがかいたの?」
「ちょ、ちょっと走らないでよ」
 鈴川さんは急に走り出し、展示スペースに並んでいる一つの絵を指差した。
「それは、私が描いたものだけど」
「うわぁ〜。じょうずだね〜」
 展示台に手を乗せて、その場でピョンピョンと跳ねる。
「周りの迷惑になるから止めてよ」
「あ、これはだれがかいたの?」
「それは愛華ちゃん」
「へぇ〜。これもじょうずだね〜」
 そう言いながら作品を眺めた後、あちこち歩き回ってから部員の作業を後ろから覗き込む。そうかと思えば、展示された作品を見て、またブラブラと覗いて回る。見学に来ている他の新入生は、部員の作業を後ろで静かに見ているのに、鈴川さんは何かやらかしそうで危なっかしい。私は慌てて鈴川さんの手を引っ張って、元の席に座らせた。
「あまり動き回らないでよ。制作中の作品を倒したりでもしたら大変なんだから」
「でも、頑張ってる時に応援するのが友達なんでしょ?」
「そうは言ったけど、あんなの応援してるとは言わないよ。ただ邪魔してるだけ。集中力を削いでるだけ。あのね、作品にはその人自身の思いを込めて制作するの。もちろん私も同じ。もし、それを壊しちゃったりしたら大変なんだよ? 同じものは二度と作れないし、描けないんだから」
「だって、応援するんだよ?」
「鈴川さんは、私を応援しに来てるんでしょ? だったら私の傍にいないと駄目でしょ?」
「あ、そっか〜。エヘヘ」
 何か複雑だ。子供をたしなめる母親みたいだ。


「そろそろ良いと思うよ、紙を出してみて。優しくだよ」
「うん」
「そうしたら、そのベニヤ板の真ん中に乗せて。……あ、ほら少し曲がってるよ」
「ん〜、むずかしいな〜。……これでいい?」
「うん、それ位でいいよ」
 水張りテープを貼りながら、ある質問をしようか迷っていた。その答えは"する"か"しない"のどちらか。どちらかの答えが返ってくる。どちらかの結果が出る。
「……あのさ、ひょっとして入部……するつもり、とか?」
「ん? ニュウブ? ん〜、分かんないや」
「そ、そっか」
 そうか、その答えもあったんだ。肩透かしをされて体の力が抜けた。ただ、結果が持ち越されただけだけど。
 殆どの一年生は、部活見学が始まってから一週間程度で入部届けを提出するんだけど、活動が週に一度の部活もあるから、入部届けの受付は三十日までとなっている。だから、三十日には必ず結果が出る。
 "しない"ならそれで終わり。もし"する"だったら……。やっぱり、先輩としてちゃんと面倒を見ないといけないんだろうなあ……。



作品名:ともだちのしるし 作家名:たかゆき