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界世のまさ逆

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 うちのラジカセは壊れている。
 さかさまなのだ。
 例えばアナウンサーが「では次のニュースです」というと、「すでスーュニの次はで」
と言いやがる。
 言葉をさかさまに再生するのだ。
 「こんばんは」が「はんばんこ」になり、「おはよう」が「うよはお」になる。
 おかしなラジオ。
 だけど実は割と気に入っていたりする俺。
 俺はラジオが大好きで、毎日のようにその壊れたラジカセを使っている。
「『に君』のスーバリはーバンナるすり送お夜今。すで本倉のJD、いぁは」
 どうやらいま流れているのは音楽番組らしい。
 聞き慣れたDJの声がよく分からない言葉を言っているが、最近では慣れたもので、な
んとなく何を言ってるのか分かるようになってきた。
「ぞうどはでれそ、位1ンコリオすわる振を心がィデロメと詞歌い甘!」 
 そうして流れ始めた曲も、やはりさかさま。
 韓国語みたいな歌詞が俺のツボにはまって大爆笑、俺はこれまで以上にラジオにのめり
込んでいった。
 曲が終わった時、昨日買ったタバコの最後の1本が燃え尽きる。
 タバコはラジオに次ぐ俺の楽しみだ。これがなくては夜を越せない。仕方なく俺はラジ
カセの電源をオフにして、コンビニまでタバコを買いに出掛けた。
「せまいゃしっらい」
「え?」
 コンビニの自動ドアをくぐると、店員が突然おかしなことを言ってきた。
 けれど考えてみたら、すぐ分かった。
 さかさまなのだ。この店員。「いらっしゃいませ」を逆に言ったらしい。
 面白いヤツだ。
 なんだか楽しかったので、俺もタバコの銘柄を逆に言って買った。
「たしまいざごうとがりあ」
 店員は最後までさかさまで喋り続けた。
「……変な店」
 しかし自動ドアをくぐった途端、俺はおかしなものを見た。
 風。
 車。自動車が俺の目の前を駆け抜けた。
「うえ?」
 後ろ向きで。大きな道路を、駆け抜けていったのだ。
 バック走法。すごいな、あいつも逆さまだ。もしかして流行ってるのか?
 ふと道端をみやると、さかさま言葉で後ろ向きに歩いていくサラリーマン2人がいた。
 いつの間にか大流行だな、さかさま。
「…………」
 なんとなく気になって、俺は夜の商店街を訪れてみた。
 するとそこにあったのは異様な光景。
 とにかくすべてが逆さまだった。
「たべ食ーガーバズーチ品絶、ぁな?」
「えねよだ味美ジマ! たべ食たべ食!」
 そんな会話をしながら、女子高生が逆立ちしながら歩いていった。後ろ向きで。
 看板の文字もさかさま。「巣の愛」「ドルナドクマ」「店書堂輪一」「気電田花」。
 ヤクザがオタクに道を譲り(逆立ち後ろ歩行で)、女が男をナンパして、子供が母親の
手を引いていく。
 その辺りで俺は恐くなってきた。だって逆立ちはおかしいだろう。
 なんだ。何なんだこれは。一体何が起こってるんだ?
 ふと後ろを振り返れば、すべての店が屋根を下に、床を上にして建っていた。不思議に
思って前を見直すと、空と地面が逆さまだった。
 空を見下ろすと、月があるべき場所に地球が浮いていた。ということはさかさまなので
俺はいま月にいるのかもしれない。
 わけがわからない。
 頭が痛い。
 喉が渇いてカラカラだ。俺はさかさまの視界で逆さまに立つ自動販売機に逆立ちで歩み
寄り、コーラを買おうとしたが出てこなかった。
 なんでだ? 金はちゃんと入れたのに。
 ふと気になって自分の財布の中身を見ると、1万円札だった紙には「1円」と書いてあ
り、1円玉だったコインには「1万円」と書いてあった。貨幣経済の崩壊。人間社会まで
さかさまになっている。
 気持ち悪い。
 ふらふらと逆立ち後ろ歩行で脇道に倒れ込むと、総理大臣が汚らしい格好をして新聞紙
を布団代わりに寝ていた。古新聞のさかさまの、今日の夕刊で。
 さかさまだ。
 みんなさかさまになっていく。
 俺は頭を抱えた。頭を抱えようとしたので、尻を押さえてしまった。見下ろした右手と
左手もさかさまで、親指と小指の位置もさかさまだった。
 俺の絶叫は沈黙だった。
 街も俺もさかさまになっていく。
 恐かったので、嬉しかった。
 泣きたかったので俺は笑った。
 どうなるんだろう。
 これからどうなっていくのだろう。
 世界の終わりで始まりだ。何かが始まらずして終わって始まるのだろうきっと。
 ──不意に、俺は人々の姿が減っていることに気付いた。
 まるで霞むように、1人ずつ視界から消え失せていく。
 なんだ?
 今度は何が起こってるんだ?
 上(の逆の下)のさかさまから悲鳴が聞こえてきて、それらが物凄い速さで近付いてく
る。
 人々の声。
 大量なので、ほんと少ない。
 そして最後に俺の視界から商店街が消え失せる。
 何もない世界の中で、俺も人も建物までもが上のさかさまの空へと落ちていく。

 たっわ終が界世、てっなにまさ逆が力重。


作品名:界世のまさ逆 作家名:廃道