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しらとりごう
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novelistID. 21379
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ブローディア冬

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冬の番外-白いくるぶし



 いちまいの写真を見て、見て、アルバムのそのページだけめくられなくなる……。
 石間の陽に焼けた笑顔と、白いくるぶし。


 男の浴衣姿なんて仮装の一つだと思っていた。祭りの真ん中で太鼓を叩く近所のおじさんの褌姿や捩じり鉢巻き姿は、戦国武将の仮装練り歩きの簡易版にしか見えなかった。だから俺自身、両親に勧められても浴衣を着て出掛けるなんてしなかった。
 俺達が浴衣なんて珍しいことをしてしまえば、隣りを歩く女性が霞んでしまうじゃん。男は少しラフすぎるくらいの格好で、はしゃぐ女の子の足もとに気をつけながら寄り添って歩くのが一番いいのだ。……といっても隣りを歩いてくれる女の子などいなくって、動きにくいからを理由にただお祭を満喫してるっぽいのが恥ずかしかっただけと言えばそう。
 でもそう、思っていたんだ。

「これ、アニキがもう着なくなったから借りた。」
「すごい」
「どう?」
「どうって……」

 見惚れて声も出ないよ石間。普段は石間しかいない彼の家には、今日はねじり鉢巻きをした小さな頭の石間のお母さんがいた。美人……ていうかかわいい人……。

「ハイハイ晃はもうすっこんでてよ! じゃ木野くん、君も着ようか」
「エ」
「浴衣よ。晃のが丁度いい丈なのよこれが。ど? ホラー着てみて!」

 石間のお母さんはすごくスピードのある人で、少しも喋らないうちから何度も会っていたかのような口振りで。恥ずかしいと思う間もなく脱がされて、気付けば帯が締められているところだった。

「木野、似合うな」
「言ったでしょ、この子ぜったい化けるわよって」
「化ける……」
「褒めてんだよ」

 バシーッとお尻を叩かれて、つんのめった先にある姿見に目が釘付けになった。俺が、なんか眩しいんだけど……。白地に紺の不可解な模様が眩しい。それが俺を貧弱に見せてるかといったらそうでもない。石間も着ていたんだ。素肌に、この浴衣……。

「じゃあ行ってらっしゃい、母さんステージの手伝いしてるからね」
「なあなあ。これ着崩れたりしねえの」
「今までそんなことあったかい。まあ男子たるもの、そんな時は潔く脱いじゃいな!」

 石間がチラッとこっちを見た。

「脱げたら母さんとこ行くから直してな」

 石間のお母さんは腕を組んで爽やかに笑う。

「アラ。アラアラ優しいね。お母さんに任せなさい。ね、木野くんわかったね」
「ハイ……」
「サンキュー。じゃいこーぜ」
「うん」

 石間のお母さんが手を振っている。なんでだろ。あのダサいねじり鉢巻きも真っ赤なかき氷屋の暖簾みたいなハッピも、すごくかっこよく見えた。袖を引っ張られた先にいる石間も、そうだ。

「木野は食べ物派? クジ引き派? 」
「型抜き派」
「おわっ、なつかしー! それやろーぜ!」
「あれさ、食べたらうまいんだよね」
「ええっ……粉っぽいじゃん」

 木野の家は幹線道路の近くだから、浴衣を着てればいろんな人に見られる。おれはその視線を振り切るように話し続けた。

「じゃ、失敗した奴ちょうだい」
「食うの? でもそれ無理」
「なんでだよ」
「俺失敗しねえから」

 石間、笑うなよ。今通り過ぎた女子高生の視線、見てないのかよ。

「あとあれ。焼きソバ」
「コンビニで買うのとは違うんだよな」
「全然ね」
「そうそう」

「あ、石間じゃん」
「石間、昨日メール返してくれなかったでしょ〜、ヒドい〜」
「お〜石間ナニ、浴衣着てんの」
「神社で先輩にあったぜ」
「石間、」
「石間、」

 う る さい!

「石間」
「なに、木野」

 ピンクの小さな欠片を地面に落としながら、石間がさわやかに笑っていた。結局石間は一枚も型を抜けていない。でも爽やかだ。

「ここにいちゃだめだ」
「は?」
「亀……亀すくいしよう」
「かめすくいなんて聞いた事ねえぞ、っていうかさ、さっきから木野落ち着かねえな」
「亀すくいじゃなかったらヒヨコとか」
「いやいやいや。ヒヨコとかいねえから……じゃなくて。」

 石間は俺が抜き終わった型をおじさんに見せて、へんな縫いぐるみをもらってきた。

「ほら、これ見て落ち着け」
「なにこれ」
「木野の戦利品の……」

 ネコの縫いぐるみ……と言いかけたところをグイッと掴んで立たせた。
 おじさんにかくれて見えないけど、あの集団は石間と同じ匂いがする。

「石間、いこう」
「え? ああ」

 狭い狭い参道からもステージのある大通りからも遠ざかる。途中で何人もの人にぶつかったけど、俺は気にせず歩き続けた。何度か石間を呼ぶ声に苛立ったが、振り向いたりはしなかった。
 石間、といざ話しかけようとすれば、

「石間……」

 石間は俺の後ろにはいなかった。

 へんな紫色のネコの縫いぐるみを掴んで歩いていた俺は商店街のシャッターの前で、一人うずくまった。ネコの反対側を石間は掴んでいるものだとばかり思い込んでいた……やっぱり三好と来ればよかったかな。
 向かいのショーウインドウに白くぼんやりとうつる俺は一人きりだ。そこに石間がいないのが本来で、求めるのはお門違いってやつで。俺なんて茶髪なだけで。こうしてはぐれても連絡手段のないつまんない男。昨日女の子と寝る前にメールしてた石間は、同時に俺とも電話をしていたってわけだ。それが今時ってやつなんだろうか。
 このネコ、前もらった枕より変な顔してるな。

 でかいスニーカーだ。黄色に紺色の模様と、白いやつの二人分。
 顔を上げるとそこにはどこかですれ違った『石間の友人』がいた。

「あれ〜、きみ石間と一緒にいたよね?」

 金髪がすごくて顔が見れない。いや、怖いってのがホントのところだけど。

「石間の親戚かなんか?」
「石間向こうで見掛けたけどはぐれたのか?」

 ん、意外と親切だ。

「きみ色白いね〜」
「もう帰るところなの?」

 親切……

「あのさあ金かしてくんね?」

 石間もそんなだったのかな。改めて考えるとすごいことだ。しかも俺はいま被害にあっている。

「ねーねー、1000円くらい持ってるでしょお」
「持ってないし」
「嘘嘘、その顔は持ってるって顔だ!」
「そんな」
「その手に持ってんのサイフでしょ、隠しても見えてるよ」
「………。」
「よっ」
「………。」
「………。」
「………。」
「一万も入ってるじゃんか」

 石間……。

「ラッキーだな」
「てかさ、まじこいつ石間のサイフならマズくね?」
「こいつチクると思う?」
「………。」
「………。」

 二人の目が俺を射る。チクるなよ、と。一発ぶち込んどいた方がいいのかなと踏み込まれたでかい一歩が俺の裸足の爪先を踏んで、胸倉を掴まれた。ネコの縫いぐるみはどっかに蹴られて。
 石間も……俺もばかやろう。
 歯を食いしばった。

 怖い石間。

 『本当の』怖い石間がそこにいた。

作品名:ブローディア冬 作家名:しらとりごう