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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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永遠のフィルター

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1. 滞空は一瞬にして無限


 彼女が降ってくるのを見たのは、それが二度目だった。
 中学一年の女子にしては長い、細い脚が、空気抵抗でふわりと捲れ上がった制服のスカートから覗く。白いリボンとフリルのついた下着が一瞬だけ視界に飛び込む。見てはいけないような、それでも目を離せないような光景から、僕は目を離すことができなかった。
 たかだか身長程度の高さ。滞空は一瞬。なのに、一時間も見詰めていたみたいに、僕はその景色を完全に覚えている。
 どこかぼんやりとした、それでいて笑ったような口元。どこも見ていないようで、何かを見ていたような黒い瞳。ふわりと舞う艶やかな黒い髪も、制服の裾からちらりと見えた白い痩せたわき腹も、その後ろに見えた歩道橋の汚れと、どこか暗い日本海側特有の空の灰色さえ、今もまるで目の前にあるように思い描くことが出来る。
 濃茶色のローファーの爪先が、アスファルトの黒い地面へと落ちた。しなやかな着地はまるで一メートル半の落下の衝撃などないかのよう。聞こえたのは、がちゃりという金属がぶつかりあう音だけ。着地の瞬間に曲がった膝がすっと伸びるのとタイミングを同じくして、黒いスカートがそれを覆い隠した。あまりにも自然な着地に、慣れているんだなと気づいたのは、その時だった。
 
 
 あれは五月の連休の直後だったように思う。中学に上がって一ヶ月ほどが過ぎて、学校では「クラスの親睦を深めるためのイベント」をいくつかこなし始めた頃だった。ゴールデンウィーク中には学級ごとのお花見もあったのだが、例年より少しだけ早かった桜は、もう葉桜になってしまっていた。
 別に葉桜は嫌いではない。葉と花の混ざり合い具合は、正直花だけの状態よりも綺麗だと僕は思う。ソメイヨシノ以外の品種がまだまだたくさん残るような地域では、初めから花と葉が同時に出てくる桜がいくつもあると聞くし、見に行ってみたい。けれど、この花見は正直微妙だった。
 ここ、常盤市は田舎だ。一応市ではあるし、人口は五万人を辛うじて越えてはいる。郡内で一応それなりの大学進学率を保っているような普通科高校があるのも常盤だけだ。それでも、三分の一近くの人間は、生まれた家のある土地で一生を過ごし、死んでいく。残りの三分の一は結婚で家を出て、配偶者の生まれた家で一生を過ごすのだ。更に残りは、仕事を求めてこの町を出て行く。そんな土地で、中学に上がったからといって取り立てて見知らぬ顔が増えるでもない。
 一応、僕らの通っていた常盤第一小と、第二小、第三小までが常盤中学の学区であるので、もちろん初対面の同級生も何人もいる。それでも中学の学区内は大体子どもの足で端から端まで歩いてもせいぜい二時間ちょっと、自転車ならばそれよりもずっと速い。幼稚園や保育所、習い事や塾に少年野球、或いは夏祭りなどで、どこかこっかで顔をあわせている人は少なくない。児童数の減少で再来年あたり廃校になってうちと三小との間で分割合併されるらしい二小であれば、今のクラスに出身者が五人いて、そのうち二人は元から知った顔だ。学区が二小を挟んで向こう側の三小であれば、買い物に使う商店街もスーパーも所属する野球チームも変わるし、知り合いの割合は六分の一ぐらいまで落ちる。
 特にたくさん習い事を掛け持ちしているわけでも、自転車で遊び歩いているわけでもなく、休みの日は小学校の開放図書館にいることがほとんどだった僕でさえそうなのだ。クラスのほとんどが元から知った顔、といった連中も何人かはいる。こんな状況で、わざわざイベントを用意してまで親睦を深めさせる必要がどこにあるのだろうと僕は思う。普通に友達の友達、知り合いの知り合い、の繋がりで、クラス全員の出身校と顔と名前が一致するのにはそう時間もかからない。できるだけ他校出身の奴と話せよ、と先生は言ったけれど、結局はもともとの知り合い同士で寄り集まってしまうのだ。友達同士でお菓子とジュースを口にしながら遊ぶのは勿論楽しかったけれど、そのメンバーは小学校の頃の友達と、そいつの体操教室での友達、という面々で、一体この花見は果たしてどれだけ先生方の目論見通りに行ったのだろうな、などと考えるとどうにもしらけてしまった。学年主任がこっそりとワンカップ焼酎を呷っているのを目にしてしまったせいかもしれないけれど。これって学校のホームページの「常盤中の一年間」とかいうページにも載ってる、れっきとした学校行事の一環じゃなかったんだろうか。
 それらのイベントの間、僕は特に土谷美月に意識を向けることはなかった。土谷とは小学校も一緒だったし、親睦を深めるもなにもない。特に仲が良かったわけでも悪かったわけでもない。一年生の時と五年生の頃は同じクラスで、それなりに会話をしたことはある。四年生の時は美化委員会で一緒になり、校内清掃や花壇の修理をした。たまたま校外で顔をあわせれば普通に声を掛ける。要は、普通に同級生、という間柄で、それ以上でも以下でもなかった。
 小学生の頃の土谷美月について、とりたてて印象に残ったこともない。少なくとも、最後に同じクラスになった頃の土谷は、さほど目立たない女子だった。賑やかなわけではないが、周囲から浮くほど物静かなわけでもない。普通に女子の最大手グループの中の聞き役、といったポジションだったと思う。家も近いが、特に立派なわけでもあばら家なわけでもない。このあたりの普通の家がだいたいそうであるように、緩い傾斜のトタン屋根の、二階建ての家だ。ただ、スライド式の玄関が多いこのあたりには珍しく、ドアを使っていること、ごく普通のありがちな一軒家にしては妙にドアだけが立派で、鍵穴がいくつもあることだけがやや奇妙だったが、家業が鍵屋であることを知っていれば、それも取り立てて気になることではなかった。時折増えていたので、新製品が出たりすると自宅で試していたのかもしれない。
 その鍵だらけの家のカーポートには、十数年前の型の、白い四ドアタイプのセダンが止まっている。そのドアには、ごく普通の鍵しかついていなかった。
 中学で久々に同じクラスの同級生となったけれど、入学当初は学校に慣れること、他校出身者と仲良くなること、先生たちの顔と名前と教科を覚えること、あるいは小学生の頃とは大分違う時間割や授業のシステムに馴染むことで手一杯で、特に仲が良いわけではないけれど、同じ小学校の出身者、というような人と関わることはほとんどなかった。慣れるための足がかり、というわけではないが、以前から仲の良い友達とはよく一緒にいたけれど、そんなわけで土谷美月の存在は僕の意識にほとんど入ってこなかった。
 
 
 それを久々に意識したのは、図書委員で遅くなった日の帰りだった。
 校舎の四階にある図書室で本の整理と古くなったラベルの貼り替えを終えた時には夕方の六時を回っていた。こんなに遅くなる予定ではなかったのだけれど、つい先日何人かの三年生が図書室の本を破って回るという事件が起こり、その表紙の補修に先輩方の手がとられ、また補修できずに買い換えた本も多かったため、作業の量が増えてしまったのだ。
作品名:永遠のフィルター 作家名:なつきすい