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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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失われたポン菓子を求めて

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 ポン菓子(ポンがし)、ドン菓子(ドンがし)とは、米などの穀物に圧力をかけた後に一気に開放することによって膨らませた駄菓子の一種である。
 ポン菓子はポンポン菓子・パンパン菓子とも、単にポンまたはドンと呼ばれることもある。 専門用語では膨化食品(ぼうかしょくひん)と称されており、特に膨化米(ぼうかまい)は地方や年齢層によって、ばくだん(爆弾あられ)、こめはぜ、ポンはぜ、ぱっかん、パン豆、たん豆、パフ、パットライス (Puffed rice)、ポップライスなど様々な名前で呼ばれている。
―――――Wikipedia当該項目より引用






 明日のおやつは、久しぶりにポン菓子にしよう。
 そう思ったのは、午後の講義の担当教官が新型インフルエンザ禍に巻き込まれ、午後が全休となった水曜日のことだった。
 二限のカルト宗教学で使ったテキストとノート、それにペンケースと携帯電話をメッセンジャーバッグに放り込むと、ダウンコートを羽織って立ち上がった。窓の外は、今のところ穏やかに雪が降っていた。確か今日は最高気温も零下5℃ぐらいだったような気がする。空気中の汚れさえ凍り付いて落ちるようなこんな日は、空気がやけに澄んでいる。
 理由は特にない。ただ、食べたいとふと思ったのだ。子供の頃はしょっちゅう食べていた気がするけれど、そういえば高校に入ったあたりから、食べた覚えがない。ソフトボールをやっていた高校の頃はやはりカロリーを猛烈に必要とする状態だったのか、空前絶後のひとりチョコレートブームが三年に渡って継続していたし(太りはしなかったが、にきびはひどいものだった)、大学に入ってもとりあえず私の常食はポッキーだった。本当に久々だ。
 中学の頃、部活帰りによく立ち寄ってポン菓子を買っていたコンビニは、去年の冬に突然潰れた。店長が夜逃げしたのだ。確かにあのコンビニに人が入っているところをほとんど見たことがなかった。あと、あの店では生の物は決して買うなともよく親に言われていた。あそこで買ったお菓子の賞味期限が数日過ぎてることぐらいは何度もあったし、置いてある雑誌が読んだ覚えがあると思ったら数ヶ月前のものだったということもざらだ。自動ドアの前に大きなネズミの親子が佇んでいるのを見た一週間後、保健所の査察が入り、次の日には店舗も、それと一体となっている自宅ももぬけの殻になっていた。現在も、建物は空き家のままだ。
 なにかと危なっかしかったコンビニのことは、とりあえずいい。
 大学に入ってから、お菓子は専ら生協で買っている。いつも通り、学部棟に最寄の生協へと私は向かった。ついでに昼食も生協の食堂で食べるつもりだった。ヘタなコンビニよりはよほど品揃えも良い。未だ耐震補強が行われておらず、いずれ来るという大地震が来たら真っ先に潰れそうな、しかしながら屋根も床も薄くて倒壊して下敷きになっても意外と死なないような気もするおんぼろの建物に入り、売店エリアへ続く狭くて急な階段をゆっくりと上っていった。
 昼休みの売店は食べ物を買いに来た学生でごった返している。おにぎりや菓子パン、レンジでチンすれば食べられるパスタなどを奪い合う人たちの隙間をぬって、お菓子の陳列棚の前へと入り込む。ポッキーの期間限定の味が出ていたのに目が行ったが、今日の目当てはポン菓子だ。ポッキーは明日買うことにする。その他、プリッツ、トッポ、コアラのマーチなどの定番のお菓子が並び、生協ブランドの百円駄菓子のエリアに差し掛かる。栗饅頭、松露、ふ菓子、麦チョコなどのラインナップの中に、ポン菓子の姿を見つけることはできなかった。
 店員にも試しに聞いてみたが、取り扱いはないとのことだった。
 仕方がないので要望投稿用紙に「ポン菓子を入荷してください」と書いて、目安箱の中へと放り込んで、私は生協を出た。ここの生協は学内でも特に規模が小さい。キャンパスの外れにある、一番大きい生協なら、あるいは。
 外に出ると、相変わらず静かに雪が降り続いていた。短い昼休みの間、普段は校舎間を繋ぐキャンパスのメインストリートは昼食を摂るために校舎を出てきた学生たちでごった返す。食堂で食べる人もいれば、生協で食べ物を買って別のところで食べる人もいるし、大学近郊にいくつもある学生相手の食堂まで足を伸ばす人もいる。しかし、いつもより人はまばらだった。建物の間の移動も駆け足気味の人がほとんどで、きっと寒いからあまり外を歩きたくないのだろう。幸い、風はないけれど、それでも冷気は頬を刺すようだ。
 適当につるつるの路面を、できる限り転ばないように気をつけつつ早足で歩いた。一番大きな生協までは、ここから十分ぐらいかかる。のんびり歩いていると寒さに負けそうなので、できるだけ体が温まるようにしなければ。凍結した路面をブーツや革靴、OLさんならばヒールであっても転ばずに走る、或いは転んでも怪我をしないように転ぶ技術は、雪国育ちの人間の嗜みだ。
 メインストリートを挟む並木の枝には、軽い雪がたっぷりと積もっていた。ラグビー部のサークルジャンバーを着た男子学生が勢い良く体当たりをかますと、枝が震え、それらがどさりと落ちてくる。その直撃を食らった彼は、全身真っ白になりながら大爆笑していた。一体何がしたいのだろう。温暖な地方からやってきた一年生かなにかで、雪が物珍しいのかもしれない。転ばないようにじっくりと歩いている人も、多分雪のないところから来た人なのだろう。その横を、スタッドレスタイヤを履いた自転車が颯爽と駆け抜けて、雪のへこみに車輪を取られて転倒した。自転車から放り出された学生は、そのまま雪山の一部と化した。比較的よく見かける、いつもの冬の光景だった。
 そんなような光景を見ながら暫く歩いていると、教養生が主に利用する、学内で一番大きな生協が見えてきた。お菓子のスペースだけなら、少なくとも先ほどの生協の三倍ぐらいはあったはずだ。改修工事を終えたばかりの真新しい階段を駆け上ると、売店スペースにたどり着く。先ほどの生協はコンビニに毛が生えたぐらいの面積と品揃えだったが、今度は小さなスーパーぐらいはある。さすがに生鮮食品は扱っていないけれど。
 ポン菓子は、あるだろうか。昔よく見かけたのは、赤や青の根菜状の袋に詰め込まれた、一袋三十円のものだ。というか、それ以外の形式のものはお祭りなどでしか見たことがない。大きな機械で、その場でドン! と大きな音を立てて作ってくれる、あれだ。あれはその場で適当にポリ袋に詰めて売ってもらったような気がするが、市販されているものはそういえばあのにんじんタイプのものばかりだ。一社独占状態なのだろうか。
 独占という言葉が、あのほのかに甘い素朴な米菓子のイメージとどこか不釣合いに思えて、小さく笑いがこみ上げてきた。
 けれど、その笑いは、この店舗でも目当ての菓子を見つけることができなかった落胆に、すぐに取って代わった。
 棚には先ほどと同じような定番のチョコレート系スナックや百円菓子、ポテトチップスなどが所狭しと並んでいる。麦のポン菓子を利用した麦チョコや、ポップコーンはある。けれど、米を使用したポン菓子はない。