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なつきすい
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novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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最終章. 閉じられた世界の片隅から


 長い長い、夢を見ていた。
 百年の長い長い眠りの中で。
 どんな夢を見たのかすら思い出せない。或いは、たった一晩の夢だったのかもしれない。僕の時間はずっと止まっているのだから。だけど、その夢を、僕は確かに知覚した。それは、僕の時間が動き出した証だった。目を、開いていく。
 うっすらとしか光が差さないあの場所は僕の記憶の中のそれと同じまま。けれど、光を好まない植物が以前よりも生い茂り、僅かな光がそれらに反射して薄ぼんやりとした緑色を帯びていた。まだ、視界が慣れない。以前と空気の匂いが違うような気がするのは、植物が増えたためだろうか。それか、淡い光の中を舞う雪のせいかもしれない。眠りについた季節よりも、ほんの少しだけ、冬に足を踏み入れたような、そんな季節のようだった。
「サザ、おはよ」
 見慣れない世界で、何よりも聞き慣れた声が聞こえた。その風のように透明で涼やかなその声に誘われるように、視線を動かす。身体は、記憶のままに動く。
「痩せたね」
 差し伸べられた手は細くて、痩せたのはどっちだよ、と思う。僕を見下ろす瞳はどちらも金色の猫目石で、だけど笑い方は以前と変わらない。
 一応、考えたんだけどな。目を覚ましたら、最初に何を言おうかとか。
 だけど、考えていた言葉より先に口をついて出たのは、本当にいつもの、ただの会話みたいで。
「どっちがだよ」
 その手を取った。温かかった。骨格が華奢で、力をこめたら折れそうで、だけど、握る力は強い。フィズは、此処に居る。
 百年の時間を越えて、此処にいる。少し照れくさそうに、微笑んで。
 その手を支えに、僕は、立ち上がった。長い長い、眠りを越えて。
 見渡した世界は、見慣れない景色。あの場所の出入り口の立ち入り禁止の看板は、ぼろぼろに朽ち果てたのか、なくなっていた。
 僕らの町だった場所は、完全にその姿を変えていた。どうやって建てたのかわからないほどの、高い建物。すっかり変わってしまった建築様式。街行く人たちの服装も見たことがなくて、むしろ僕らの姿に気付いて奇異の眼を向ける人がいる。僕らの家があったはずの場所には、真っ白い立派な建物が建っている。暫く見ていると、怪我をした人や、身体を病んでいると思われる人ばかりが玄関に吸い込まれていった。診療所のようだった。
「さて」
 やや強い調子で、フィズが声をあげた。その声は自分に気合を入れているようで、表情は、どこか清清しかった。
「これから、どうしようか?」
 この街で暮らそうか、それともどこかへ行こうか。そう言うフィズは、多分どちらでもいいんだろうな。もう何処にも、僕らが慣れ親しんだ場所はない。だから、何処ででも、そこで生きていくしかない。それなら。
「折角だから、何処かに行こうか」
 中断した、旅の続きをしてみるのも、いいかもしれない。まだ行った事のない場所へ。見たことのないものへ。
「ん、そうしよう」
 あっさりと、フィズはそう答えて。
「じゃ、とりあえずなんとかして路銀でも稼ごうか。大道芸なんかどう?」
 そう言って、笑って。手近にあった石ころでお手玉を始めた。手先が不器用なくせにひとつも落とさないのは、多分、魔法でずるをしているから。
「十個くらいならできるんじゃない?」
「そんな手使って。本職の芸人さんに怒られるよ」
「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
 そう言うフィズは、少しだけ寂しそうで、だけど心から楽しそうに笑っていた。
 空から雪が舞い落ちている。けれど、地面に雪はない。多分、初雪なのだろう。町の中では、興奮した様子で雪にじゃれ付く子どもたちの姿があちらこちらにあった。
 もしかしたらあの中に、僕らが知っている人の玄孫とかがいたりするのかな。そんな風にも考えて、少しだけ寂しくなった。だけど、悲しくはない。後悔もない。もしできるなら、みんながその後どう暮らしていたのかを知りたい思いはあるけれど。幸せであってくれたなら、それでいい。
「ま、とりあえず行ってみよ」
 フィズが手を伸ばす。その手を取ると、嬉しそうに笑った。夏に咲く大輪の花のような、快活な笑顔だった。
「あ、そうだ」
 ひとつだけ、忘れていたことがあった。
「二十歳の誕生日おめでとう、フィズ」
 厳密に合っているかはわからない。今が何月何日かも知らない。だけど。
「ん、ありがと」
 そう言って、笑ってくれた。
 育った場所は、もうない。だけど、そこでの思い出が、今の僕らを作っている。
 守られていた家も、もうない。これから歩みだすのは、僕らの見知らぬ世界。
 だけど大丈夫。僕らは歩いていける。いつかこの寿命が尽き果てるその日まで。
 行き先が何処なのかはわからない。そこで何が起こるのかもわからない。
 不安はある。だけど、怖くない。
 隣にフィズがいるなら、たとえそれがどんなところでも、そこが僕にとっての楽園になるから。
 見知らぬ世界へ、まだ見たことのないたくさんの場所へ。
 僕らは、一歩、踏み出す。


 完