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なつきすい
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novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 指先で自分の唇をひとつなぞって、フィズが言った。
「どう、って言われても」
 答えようがない。うまく言葉にならない。心臓は相変わらず早鐘のように打ち続けているけれど、さっきみたいにわけがわからなくなりそうな感じではない。不思議なくらい、落ち着いていた。
 僕が答えられずにいると、フィズは少し不服そうな、そして少しからかっているような、そんな表情で僕を見た。
「嬉しくないわけ?」
「嬉しいよ」
「幸せ?」
「うん、凄く幸せ」
「ん、そっか」
 満足したように呟いて、小さく笑う。それがなんだか可愛くて、気持ちがじわりと温かくなった。
「……ね、サザ」
「何?」
「もう一回、いい?」
 少し恥ずかしそうに僕を見る、柘榴石の瞳。僕が頷くと、嬉しそうに笑って、もう一度、唇が触れた。
 今度はさっきよりも長く、離れないでいた。触れ合った箇所から、フィズの鼓動が伝わる。僕のも、フィズには同じように聞こえているんだろうか。
 柔らかい唇、時折聞こえる息遣い。好奇心に駆られて、少しだけ舌を出してそこにあるものを舐めた。今度は、ジュースの味じゃなくてフィズの唇の味がした。びくりとフィズの身体が跳ねて、唇が離れる。
「いきなり何するのさぁ」
 余程驚いたのか、フィズの目の縁にはうっすらと涙が滲んでいた。泣かせようと思ったわけじゃないのに。
「や、なんとなく、そうしてみたくて」
「なんとなくって」
 フィズは顔を真っ赤に染めて、少し疑うような目で、こちらを見た。
「あんた、ほんとに私が初めて?」
「そりゃそうだろ。他に誰もいないって」
「あー、まあ……」
 何か思い当たる節があったのか、フィズは困ったように苦笑した。
「じゃあ、私の本棚漁ったりしたことある?」
「……ないよ」
「そっか」
 一体どんな本を想定しての発言だったのだろう。勿論、怖すぎてフィズの蔵書を漁ったことなどない。そういえば、僕らが全員街を出たあと、あの家は軍の略奪に曝されたのだろうか。あまり考えたくないことだけれど、もしそうなっていたらフィズの蔵書や記録鉱石のコレクションは、その場に居合わせた兵士が極めて個人的に失敬していそうな気がした。首都はそういったものの規制が厳しいと聞くし。でもそれらがフィズと僕のどちらのものだと思われたんだろう。それを考えると、少々複雑な心持になった。多分、僕のものだと思われてるんだろうな。
 そんなようなあまり嬉しくない思考も、「ま、いっか」と言って、ころんと僕の腕に体重を預けてくるフィズの笑った顔ひとつで簡単に吹っ飛んでしまうのだから、僕も大概簡単な奴だと思う。
「なんか、さすがに疲れちゃった。……このまま、休んでもいい?」
「うん」
「ん、ありがと」
 猫の子のように僕にくっついて、フィズは笑って瞳を閉じた。穏やかな呼吸。僕もそれにつられるように、少しずつ、意識が遠のいていった。