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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 実際問題、僕らはこれからどうするべきだろう。絶対確実、とは言い切れないまでも、恐らく十分に時間は稼いだはずだ。多少先を急いだところで、じーちゃんたちが連中に追いつかれる危険性は小さい。むしろ、レミゥちゃんの容姿に気付いた人たちの行動を警戒する意味で、追いついたほうがいいかもしれない。ただ、これについては首都から遠く離れれば離れるほど、戦地と遠くなって緊張感が薄れていることが想定されるほか、徴兵の知らせも届いていない可能性があり、このあたりほど風当たりは強くないかもしれない。ただ、僕ら自身の身の安全や、トラブルに巻き込まれることを避ける意味で、急ぐのは恐らくは正しい選択だろうとも思う。
 けれども、急がないことには理由がある。正しくは、急げない理由か。フィズの体調があまり思わしくないのではないかということ。
 出発したあの日、突然倒れてしまったのは本当に疲労が原因だったようで、二日宿屋で休んだらなんとか回復した。そのあとは問題なく道を歩けてもいるし、追っ手を容易く足止めしてみせている。ただひとつ、妙に体温が低かったことが、僕には気がかりだった。
 フィズが倒れた日の、生きた人間とは思えないほどに冷たい体温を、僕ははっきりと覚えている。普通の人間で、いくら疲労がたまっていても、あんな症例は診た覚えがない。だとすると、普通の肉体疲労ではなく、魔法だとかそういう部分にあるのかもしれないけれど、しかし今までフィズがどれだけ派手に魔法を使ったところで、あんな風に倒れてしまったことはなかった。こんな時、じーちゃんがいれば、魔法の使用が人体に及ぼす影響について聞くことができたのだろうか。
 思えば、あの冬の時の一件にしても、フィズが高熱を出して寝込んだ理由は、僕の想像や普通の医学での常識を超えたところにあった。もうあんな馬鹿なことはやってないと信じるにしても、魔法や魔力の行使という部分については常人の領域を遥かに超えた次元にあるフィズの体調を考える時、常識は通用しないのかもしれないとも思う。僕が不勉強なだけかもしれないけれども。
 先を急ぎたい気持ちはある。だけれど、それで無理をさせてこの間のように倒れてしまったら。そしてその間になんらかのトラブルに巻き込まれるようなことがあれば。一応銃とナイフは持たされているけれども、僕ひとりの力で対処できるとはとても思えなかった。
 フィズの素性を知られてしまった場合トラブルを招くことがほぼ確実な現状において、あまり一箇所に長々と滞在したくはない。街道沿いの街はそうでないところに比べて開放的で、旅人に対しても親切なのだとじーちゃんは言っていたけれど、そんな街において、しかもずっとそこに住んでいた住人であっても尚、魔族の血を引くハイブリッドや、あるいは間諜であると疑われた人間に対する私刑が横行しているのだから、単なる通りすがりの旅人でしかないフィズに対してはどんなことが行われるか。想像したくもなかった。
 だけど、フィズに無理はさせたくない。その上この気温が低い中、しとしとと雨が降り続いて、やっと晴れたかと思えばにわか雨に降られるような天気。せめて気候が良ければ、少しくらいの無理は利くだろうに。暖かく天気の良い夏の間にとにかく先を急いだはずのじーちゃんたちとは、どれぐらいの距離が開いたのだろうか。
 急ぐべきか、このままのペースで行くべきか。どちらが正解なんだろう。今僕らの回りにある状況のひとつでもいいから改善してくれれば、こんなに考えなくても済むかもしれないのに。考慮にいれなければいけない要素が、あまりにも多すぎる。
 あの方法を取ればこちらが手詰まり、こちらのやり方でいくと向こうで足元を掬われそうな予感がする。
 あれも駄目、これも駄目と、考えても考えても行き詰まっていく。これなら、先ほどの答えの出ることはありえない問いを考えるのと、大差ないかもしれない。
 どれほどこの出口の見えない思考に捕まっていたのだろうか。気付けば目の前には湯上りで少し上気した肌のフィズが立っていて、お茶をせがむ声ではっと我に返った。
 ごめんと一声謝って、慌ててお湯を取りに行く。そうだ。お茶を淹れておくと約束したんだったっけ。
 階段を駆け降りながら、僕は自分の手の平を握り締めていた。
 立ち上がった拍子に一瞬だけ触れた、フィズの手が温かかったことを、確認するように。
 
 
 
 先ほど、からかおうとした言葉を軽くあしらってしまったことへの罪滅ぼしではないけれど、その夜、僕とフィズは眠くなるまで、ただただ、おしゃべりをして過ごした。
 できるだけ、たいしたことのない話を。この先に関わりのない話を。患者さんの少ない日にだらだらとお茶を飲みながら誰かが来るのを待っていたときのような、何処で途切れても支障のないような話を。
 この先に、続かない話を。結論がどうなったところで、未来が変わることなどなさそうな話を。
 考えなければならない。それはわかる。そしてきちんと目的を立てて、計画を立てて、それをフィズと共有する必要性だってちゃんと気付いている。だけど、それを落ち着いて考える余力を蓄えるためにも、今はただ、こんな風に精神をすり減らすことなく過ごしたかった。
 話し好きのフィズは、特定の話題がなくともいくらでも喋り続けることができる。フィズとイスクさんやじーちゃんの会話は、続けようと思えばいつまでも続いていく。イスクさんが泊まりに来た次の朝のフィズは、大抵眠そうに目を擦っていたものだった。
 それに比べて、僕は必要なことであればいくらでも話すことは出来るし、特に話すのが苦手ということもないのだけれど、とっかかりがないと話し始めるのは少し難しい。フィズやじーちゃんといるときは、ふたりがいくらでも話題を振ってくれるから、いつまでも話し続けることができるけれど、ばーちゃんと向かい合っても、具体的な用事がなければ何時間でも黙っていることも少なくない。けれどそれも居心地の悪いものでも退屈なものでもなくて、じーちゃんたちと喋っているのと同じぐらい、僕には心地よいものだった。
「そういえば、さ」
「なに?」
「イスクのお腹の子、もう結構大きくなったかなぁ」
「まだだろ。まだ……あれから一月経ってないんだし」
 生まれるのは真冬だと言っていたっけ。引っ越す前日に会った時には、まだ見た目ではわからなかった。
 元気で、育っていてくれればいいな。イスクさんはあの通りの人だから、ストレスで悪影響が出ていることはないだろう。幸いなことにイスクさんもジェンシオノ氏も一流の研究者だし、その上イスクさんは魔法はからきしで、運動もあまり得意ではなかったはずだから、前線に引っ張られることはないはずだ。イスクさんを目に入れても痛くないぐらいに溺愛していたおじさんとおばさんと、ジェンシオノ氏が一つ屋根の下で上手くやっていけているかだけが人事ながら心配だけれども。きっと子どもはちゃんと生まれてくる。両親と、祖父母の愛情を一身に受けて。
「楽しみだな」
 フィズが呟く。口調は、弾んでいて。
「イスクに似てるかな。それともジェン先生かなぁ」