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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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3. 冷たい夜を越えて


 せめてこれくらいは、とフィズが言い、シフト氏の遺体は傷が塞がれた。僕の足と、銃弾が掠めた顔の傷も今はもう治療が終わっている。頬のほうは、この暗さの中でもはっきりとわかる傷跡が残ったけれど、痛みと出血はもうない。
 遺体をどうするべきか、僕らは決めかねていた。僕としては、できるならインフェさんの隣に葬ってあげたかったけれど、インフェさんの墓が何処にあるのかすらわからなかった。首都に連れていき、シフト氏の家の墓地に埋葬してもらうべきとも考えたが、そのことを彼の部下たちに頼んでいいものか。そもそも、頼むにしてもどう頼めばいいものか、まったくわからない。僕は彼らの雇い主を殺した敵なのだ。その僕が遺体を連れて帰って欲しいと頼んで、穏便に済むわけがない。かといって、これ以上無駄な戦いはしたくなかった。
 かなり迷ったけれど、この場所に埋葬することに決めた。遺体に防腐処理を施して、戦争が終わった頃に僕らが首都へ運ぶという選択肢もないわけじゃなかったが、何年かかるかもわからない。家人が旅に出ている間の急な不幸などで、数日間遺体の腐敗を遅らせるぐらいの技術なら、僕にもあるけれど、それで対処できるほど直ぐにその時がやってくるとも思えなかった。
「こんなところで、申し訳ありません」
 僕は謝って、手を合わせた。フィズは何も言わずに、様々な感情が入り混じった表情で、粗末な墓を見詰めていた。
 多分、誰も訪れない墓。僕ら以外には。シフト氏の部下の人たちは、余計な戦いをしないで済むように、ここ一か月分の記憶を消した上で怪我を治療した。それは、フィズの提案だった。フィズの記憶消去の魔法は少なくとも二種類はあるらしく、ひとつは前に僕がかけられたタイプのもの。感染能を持ち、ある特定の事物に関わる記憶だけをじわじわと消去していく。もうひとつは、一定時期以内の記憶を一気に忘れさせるタイプのもの。こちらは感染性はないものの大雑把でいいのでフィズにとっては簡単だそうだ。シフト氏の私兵を全員一箇所に集めて、一気に魔法をかけた。今も、左目の猫睛石の色は変わらないままで、大して魔力を必要としていないことがわかった。
 けれど、魔法をかけられて全員が状況を飲み込めずにぽかんとしている様子を見て、フィズはぽつりと呟いた。
「この人たちに、ここ十日ぐらい、すごく幸せなこととか楽しかったこととかが、なかったならいいな」
 その言葉に、他ならぬフィズ自身の手でフィズとの思い出を忘れさせられかかったことを思い出して、僕は心がぴり、と痛むのを感じた。忘れたくない思い出が、フィズに消された数日のうちになければいい。
 医者として人体についても学んだだけのことはあり、生体に直接干渉するような魔法はフィズの最も得意とするところだ。更に彼らの意識に『首都に引き返せ』という命令を刷り込み、全員が何がなんだかわからない、という様子で来た道を引き返していくのを僕らは見送った。
「……私たち、結構酷いことしたよね」
 少し苦しそうな口調でフィズがそう口にしたけれど、僕は何も言わなかった。うまく伝えるための言葉が、浮かんでこなかったから。
 僕はもう覚悟はできた。だけど、それをフィズに伝えるのは憚られた。僕はフィズと生きたい。何よりもそれを最優先する。そのためには、他の何をも犠牲にすることも、厭わない。たとえ罪人と呼ばれても人に後ろ指をさされても構わない。しかしそれを告げたら、フィズはきっと苦しむ。自分のせいで僕を駄目にしたと。だから、言わない。
 フィズのせいなんかじゃない。僕が、フィズを必要としているから。フィズが何よりも大切で、フィズのいない人生に意味なんか見つけられないから。そしてその生き方を選ぶことを、僕は後悔なんてしない、絶対に。
 フィズは何一つ悪くない。僕がフィズと一緒にいたいから、自分でこうすることを選んだんだ。だから、苦しまないで欲しい。理不尽な苦しみから、この人を守りたい。
 そう思う。だけれど、それを上手く言葉に乗せることができなかった。
 とりあえず、雨と泥と血でぐっしょりと重たくなった上着を脱いで、最寄の町へと急いだ。寒かったけれど、すっかり濡れて汚れた上着を着続けるほうが具合が悪くなりそうだった。フィズが何度も口を開きかけては閉じてを繰り返し、僕も特に振るべき話題を見つけられないまま、僕らは歩いた。
 一時間ほど早足で歩き続けて、夜の闇の中にぼんわりと街の灯りが浮かんで見えたときには、安堵のあまり全身から力が抜けた。急いで宿を探し、部屋に駆け込んだ。一見怪しいくらいにどろどろに汚れた服装や髪については、雨でぬかるんだところで転んだのだと説明した。風呂場で衣類を洗いがてら、湯船にお湯が張られるのを待つことにする。いつもだったらフィズに先に入ってもらうところだけれど、「あんたのほうが疲れてるでしょ。先に入りなさい」と言われて、フィズの脱いだ上着と一緒に風呂場に押し込まれた。
 風呂場に入って戸を閉めると、部屋のほうからばたばた、がさがさと落ち着かない音が聞こえた。多分、フィズが荷物の中から着替えを漁っている音。
「それも洗っとく?」と、少し大き目の声で聞くと、「あー、いいよ、自分で洗うわ」と返事があったので、僕はそれ以上は言わなかった。フィズが自分で洗いたいということは、下着とかも替えたのだろう。そこまで雨が浸みてたなら、先に入ればいいのに。
「サザが入ってる間に何か簡単に食べられるもの買ってくるよ。何が食べたい?」
 何が食べたいか。温かいものがいいな。芯から冷え切った体は、体温を奪っていく濡れた衣服を脱いだ後でも小刻みに震えていた。
「辛いものかな」
「ん、わかった。いい子にして待ってるのよ」
 まるで子供に呼びかけるような言葉に、フィズに見えていないのはわかっていて、僕は少し苦笑した。そしてそれから、それがフィズの気遣いなんだと気づいて、嬉しくて、同時に少し情けなくなった。
 宿について部屋に入ってから、フィズの声は妙に明るかった。さっき雨の中、大粒の涙を零していたのが嘘のように。小さな頃のように、「お姉ちゃん」らしく振舞っているように、僕には思えた。そういえば、フィズのことを「フィズ」と呼ぶようになったのは、何歳の頃だったっけ。小さな子供の頃は四歳の年齢差はとても大きなもので、フィズは僕よりもずっと大人に見えていて、名前で呼び捨てにはしていなかったはずだ。
「大丈夫だよ」
 僕はできるだけ落ち着いて、そう答えた。それは勿論、大人しく留守番ができるという意味だけじゃない。
 僕は、大丈夫。全部受け止めていく覚悟はできてる。多分、フィズよりも僕のほうが落ち着いていられている。妙に冷静すぎて自分でも少し怖いけれども、もう、腹はくくった。想像できないから、フィズを失った未来なんて。