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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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「……そんなに細いくせに何言ってんのさ」
「前よりは戻ったよ!」
 そう言うフィズの身体は、元々骨格がかなり華奢なことに加えて、あの冬の一件で体力と一緒に落ちた体重が戻りきっていない。今思うと、あの直後に念のため健康診断を一通りやったのだけれど、その時のフィズは肋骨が浮いて見えていた。あれ以降フィズが体調を崩したことはないので、今どうなっているかはわからないけれど。
 眠れない時、どうしたら眠気が湧いてくるだろう。一番すんなり眠れる状況を考えてみる。
 疲れている状態でベッドに入り、ほんわりとした温かさに包まれているうちに、だんだん眠くなっていく……というのが、一番良く眠れる気がする。
「湯たんぽでも作ってこようか?」
「……は?」
 一瞬、フィズの表情が止まる。口が横に開いて目を何度か開いたり閉じたりした後、心配そうな顔に変わって、僕の額に触れてきた。冷たい。
「熱はないわね。もう寝なさい。眠いんでしょう、こんな真夏に湯たんぽなんて。煮えるよ」
「あ」
 確かに。そんなものがなくたって、布団の中は十分に温かい。どうかしている。あんまりそんな気はしないのだけれど、もしかしたらもうかなり眠たいのかもしれない。フィズはくつくつと笑った。心底面白そうに。
「珍しいね。サザがこんなバカなこと言うなんて」
「やっぱりバカか……」
 わかってはいるけれど、改めて言われると少しだけショックだった。普段、しっかりしていると言われがちで、自分でもそれなりにその自覚があるだけに。
 フィズがこういうことを言うときは半分は冗談で半分は本気。真顔で言っている時ほど冗談である率が高い、と僕は思っている。僕がこういう意味不明なことをついうっかり口走ってしまうときは、ほぼ確実についうっかり、つまりは本気で言っている。そう滅多にあることではないのだけれど。……多分。
「だいたいこういうバカなこと言うのは私で、あんたとイスクが」
 ふと、言葉が止まる。少しだけ、寂しそうな顔を浮かべたように見えて、けれど次の瞬間には、また笑っていた。本当に笑っているのかどうかは、僕にはわからないけれども。
「これからはお目付け役がサザだけになるんだもんね。少しは私もしっかりしたほうがいいかな」
 笑う。その宝石の眼を細めて。本当に笑ってる?
「いいよ。今のままで」
 変わらなくていいよ。無理しないで。フィズが一番楽なようにしていてほしい。
 ずっと気付かなかったこと。ただひたすら自然に生きてるんだとばかり思っていたフィズが、色々な思いを僕に隠して笑っていたことを、僕は漸く知ったから。
 だから今度は、僕に無理をさせて欲しいんだ。フィズが、自然に笑えるように。
「ん、そう言うと思ったよ」
 そんなことを言うから、僕はひとつ訊いてみた。
「言ってほしかったの?」
「ううん」
 フィズは小さく首を振る。
「そういうわけじゃない……と思うけど、なんとなく、そう言うだろうな、って気がしたんだよね」
「なにそれ?」
「あはは、自分でもよくわかんない」
 フィズが笑う。その整ったつくりで、小さく笑った顔は、綺麗、という形容が多分一番しっくりくる。あの時々見せる、心臓が止まるかと思うぐらい綺麗な笑顔とはまた違うけれど。
「ま、私は大丈夫だから、あんたはもう寝なさい。寝れるでしょ?」
「多分……」
 先ほどの湯たんぽの件を考えるに、僕の脳味噌は今それなりに回っていない。多分今煮えない程度に暖かくして横になれば、眠れるだろう。
 だけど、フィズのことが。
「この心配性」
 心配なんだ、と思うと同時に、フィズはそう言って、口の端を吊り上げてにっと笑った。そんな風に笑うと、少しだけ、十歳ぐらいのやんちゃな男の子のような雰囲気を纏う。それと同時に、年相応の、「お姉ちゃん」の空気も。
 笑顔の作り方ひとつでまるで別人のような顔を見せてくれる。太陽の光に反射していろんな色を放つガラスみたいに。だから、一瞬でも目を離すのが惜しかった。できるだけ多くを、見ていたいから。
「何のためにあんたは私と一緒に行くの? ……お互いにフォローしあうためでしょ? 私が眠れないのの心配のし過ぎで、サザまで寝不足になったら困るよ。今日ぐっすり寝て、明日私が寝ちゃいけないところで寝そうになったら起こしてよ、ね」
 フィズの眠気を誘えそうな良い方法が思いつかない以上、「わかったよ」としか、僕は言えなかった。情けないけれど。
「大丈夫。……こないだイスクにも言ったでしょ。もう、あんたを悲しませるようなことはしないって」
「……わかったよ。直ぐ寝る。おやすみ、フィズ」
 そう言って、部屋から出ようとすると。
「それにね、……もう少しだけ、起きていたい気がするんだ」
 振り返る。フィズはこっちを見てはいなかった。見ていたのは、部屋。見慣れた部屋。少なくとも暫くは、その目に映すことのない。
 見慣れた部屋が見慣れないものに変わるより前には、この場所に僕らは戻ってこれるのだろうか。
「できるだけ長く、この家を、この街を、見ていたいんだ。次、いつ戻れるかわからないし、戻ってきても、焼け野原になってない保証はないし。だから、もう少しだけ、このまま起きていたいよ。大丈夫、明日はどんな手を使っても起きるから」
「どんな手を使ってもって……」
「大丈夫大丈夫。一日くらい無理したって死にはしないって」
 そして小さく、小さく「ごめんね」と呟いた。
「私の我儘だよ。だから心配しないで。絶対みんなに迷惑はかけない。……私が起きていたいの。ごめん、心配かけて」
「……うん、わかった」
「眠くなったら、ちゃんと寝るから」
「うん」
 その言い方が、なんだか、夜更かしを咎められた小さな子どものようで。
 この場にそぐわないのはわかっていても、僕は少しだけ、笑ってしまったと思う。可愛くて。
「おやすみ、フィズ。また明日」
「ん、おやすみ。また、明日ね」
 そう、明日。また明日。
 また明日、と言い続けられるように。絶対に、フィズの手を離さないように。
 その為に、僕は今日フィズの分まで眠ろう。その分、フィズがこの慣れ親しんだ場所を、見ていられるように。
 明日からもずっと、フィズを支え続けられるように。
 部屋に戻って、当分は戻れない、眠り慣れたベッドに入る。灯りを消して、目を閉じれば世界は真っ暗だ。僕は少し、それが勿体無く感じた。いつもだったら、そんなこと思わないのに。