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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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 だから、聞くのが辛かった。その次の、スーの問いを。
「おばーちゃんは?」
 ずきり、と心が痛んだ。たった一月前まで末っ子としてばーちゃんの愛情を一身に受けてきたスーには、厳しすぎる現実。レミゥちゃんが来てからというもの、妹ができてからかみるみるしっかりしてきたとはいえ、まだまだ幼く、今でもばーちゃんとレミゥちゃんと、三人で寝ている。
 まだ、八歳。僕の八歳の頃は、ずっとフィズにべったりでいつも後を付いて歩いていた。
 ずっと一緒にいられると、何の疑いもなく信じていた頃。日常が日常であることを、意識すらしない日々。何故なら、それしか知らないから。大切なものが簡単に失われうるなんて、知らないから。
「ばーちゃんは、此処に残るよ」
「一緒に行かないの?」
「ああ」
 ばーちゃんの声は、優しかった。寂しいぐらいに。
「どうして? 一緒に行こうよ。あたしおばーちゃんと一緒がいい!」
 スーがごねるのは、実は珍しいことだった。ばーちゃんにしてもフィズにしても、スーには甘いのでだいたいのことは、少しおねだりすれば叶えてもらえるから。
 だから、スーは多分わかっている。自分がどれだけねだっても与えられないものは、もう、手に入らないものなのだということを。
「……ごめんよ、スゥファ。ばーちゃんが行くと、悪い人たちがみんなをいじめに来てしまうんだ」
「悪い人って、この間の?」
「ああ、そうだよ」
 スーが、小さな手をぎゅっと握り締めた。表情には、はっきりと、怒りが見て取れた。
「どうしてあのおじさんは、あたしたちにひどいことばっかりするの!? あたしたち、何も悪いことしてないじゃない! レミゥを追っかけたり、あたしをさらったり、フィズラクをいじめたり、サザにケガさせたりして、なんでそんなにいじわるなの!? どうしてあたしたち、そんなことされなきゃいけないの! あのおじさんはそんなにあたしたちが嫌いなの!?」
 スーがこんな風に激昂するのを、多分、僕は初めて耳にした。こんなに感情を顕に泣いたり叫んだりせずとも、スーの欲しいものはだいたい与えられてきたのだから。
 なのに、今本当にスーがほしいものは、手に入らない。
 それ以外のものは、望めばいくらでも与えられてきたのに。
 ばーちゃんと一緒にいたい。今まで通りの生活を過ごしたい。そんなささやかな願い。たった、それだけのものなのに。
「あたしやだよ。お引越しも、おばーちゃんと離れ離れになるのも……」
 スーだけじゃない。僕だって、きっとフィズだって。
 誰も、離れ離れになんかなりたくないのに。この家にいたいのに。ずっと旅から旅への生活を続けてきたじーちゃんですら、最後に帰る場所は、ここを望んだのに。
 レミゥちゃんは、ぎゅっと、スーの服の裾を掴んでいた。不安の色を、顔いっぱいに浮かべて。そうだ、この子だって、またあの男に翻弄される形で環境を変化させられることを望んではいないだろう。両親と引き離され、軍の研究所に閉じ込められ、フィズをおびき出す餌に使われ、そしてまた研究所へ連れ戻されようとして、それを避けるための逃亡生活がこの先に待っている。
 今度は誰かの企ての材料として使われるのではないし、スーとじーちゃんも一緒だ。それでも、不安定な生活には変わりないし、じーちゃんだっていつまで元気でいてくれるかはわからない。その上、フィズと同様に、彼女にも一生「魔族の子」という出生と、それに伴う差別は付いて回るだろう。じーちゃんの見立てでは、レミゥちゃんもフィズと同じく、実験で生まされた子どもで、彼らの望むなんらかの基準を満たさなかったために棄てられたところを、旅の途中の養い親たちに拾われたか、北の地にも足を伸ばす行商人たちが拾い、元々農閑期に芸人をしていたレミゥちゃんの両親が、見世物にしようと買ったものの、情が移ってしまって娘として育ててきたのではないかということだった。それであれば、レミゥちゃんがごく小さいうちに、故郷を捨てて家族で旅立ったことも頷ける。魔族の血を引いていることが見た目にも明らかな、異能の力を使う子を持つ家族が、周囲からどんな目で見られるか。
 いずれにしろ、幸運にも優しい両親を得て、レミゥちゃんが過ごしてきた時間は、忙しく、移動の繰り返しで大変なものではあったけれども、幸せなものだったらしい。最初の警戒が解けてからの彼女の様子を見ていれば、それはすぐにわかる。この子は、家庭の温かさをちゃんと知っている。そして、それを突然奪われる悲しみも。
「ごめんよ、スゥファ」
 ばーちゃんはそう言って、スーの頭を優しく撫でた。
「ばーちゃんだって、スゥファたちと一緒にいたいよ」
「……無理なの?」
 小さく頷く。優しく、申しわけなさそうに。
「この街の人みんなが、ばーちゃんの家族なんだ。あたしは、それを守らなきゃいけないし、……守りたいんだよ」
「う………」
 スーの目から涙がひとつ、こぼれる。それをきっかけに、次から次へと、ぼろぼろと涙が溢れ、止まらなくなった。
「やだ! あたしはみんなといっしょがいい! おばーちゃんと離れるなんてやだ! 引越しもやだ!! やだよ……!」
 そこから先は、言葉にはならなかった。搾り出そうとする声は嗚咽に潰されて、ただただ、泣き声だけが居間に響く。フィズはぐっと唇を噛んで、目を伏せたままだ。ばーちゃんも次の言葉を迷っているのか、スーを見て、口を開きかけては、また閉じることを繰り返していた。
 それを見ていたら、勝手に口が動いていた。
「離れ離れになんか、ならないよ」
「え?」
 スーが振り返る。ばーちゃんも、フィズも。
「今は、一旦離れるけど、戦争が終わったら、きっとまた会える。もしかしたら、ばーちゃんは直ぐに出てこれるかもしれないし、そうなったら、必ず会える。だけど、もしここで無理をして、あの悪い人を怒らせたりしたら、もう二度と会えないかもしれない。……だから、今は、寂しいけど頑張ろうよ。また、会えるように」
 どうしてこんな言葉がすっと出てきたのか、最初僕にもわからなかったけれど、スーの表情を見て、やっとわかった。
 多分、これは、僕が言って欲しかった言葉なんだと。
「僕たちは、ずっとさよならするためにここから逃げるんじゃないんだ。今生き延びて、ちゃんと大人になって、幸せに生きるために、今、がまんするんだよ」
 そう、考えなければ、悲しくて、つぶれてしまうから。
 ここであの男を憎んでも、何も変わらない。憎んだら憎んだだけ、他の誰かを傷つける。
 だから、少しでも、辛くならないように。誰も、恨まないでいられるように。この先に待つのが希望であると、信じていられるように。
 そうでなければ、誰がこんなに物分りのいいことが言えるものか。
 こうなればいいのに。今現在から到着しうる一番理想的な未来を、僕は口にした。
 いつの間にか涙が止まったスーが、ぽかんと僕を見ていた。
「……だから、大丈夫だよ、スー」
 なぜか急に気恥ずかしくなって、最後のほうの僕の声はなんだか尻すぼみになっていったけれど。
「その通りだよ、スゥファ」
 じーちゃんが優しい声で、そう言った。少しだけ、笑っていたように、僕には見えた。