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なつきすい
なつきすい
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閉じられた世界の片隅から(3)

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1. 届くもの、届かないもの


 夏の虫の声が例年よりはっきりと聞こえるのは、多分気のせいではない。街は静まり返り、最早僅かな住人が残るばかりだ。宣戦布告以来、街の外からの商人はやってこない。城下町などでは取締りの厳しい商品や商売を求めてやってきていたような人々の姿も見えなかった。
 僕らが短い旅から家に戻って、三日目。軍側が提示してきたタイムリミットまで、あと三日。ばーちゃんの指示の下、住民の避難が確実に進んでいる。ばーちゃんは現在は、未だこの街を離れようとしない住人たちの説得に回っているようだ。
 四日前に現れたのは、隻腕となったあの男だったそうだ。要求は三つ。街を軍の保護下に入れること。フィズとレミゥちゃんを引き渡すこと。交渉は必ず期限の日に行い、それまでばーちゃんが街に残ること。連中が来たときはフィズの行方がばーちゃんたちですら把握できていなかったこともあり、フィズについては「期限時点で身柄を確保できなかった場合、代わりにその養母の身柄を拘束する」という条件が付加されているそうだ。
 これらの要求を呑む限り、街の住人の避難、亡命については一切軍は関与しない。街に残った住人については、正当な国民として扱いヴァルナム軍の侵攻があった場合は保護する。もし拒否、違反があった場合、街からの避難民は反逆者として扱い、武力を以って攻撃することも辞さない。
 これらの条件を突きつけられたばーちゃんは、最優先とすることをひとつ定めた。
 この街の住人の身の安全の保障。
 それだけはどんな術を用いてでも守る。その為にはこの街という入れ物にはこだわらない。ばーちゃんは、ばーちゃんの両親と共に築いてきたこの「街」を捨てる覚悟を、傍から見ればあっさりととすら思えるほどに、直ぐに決めた。優先されるべきは「街」という入れ物ではなく、そこに住んでいた「人」であると、ばーちゃんははっきりと宣言した。
 軍が約束を守ってくれるなどとは、ばーちゃんは思っていない。例の協定が成立するまでに軍の関係者がこの街で行った数々の暴虐を忘れるほど、ばーちゃんは平和ボケしてはいない。この街の住人を正当な国民として扱うといったところで、ちゃんと権利が守られるとは思えない。全住民の国外脱出、それがばーちゃんの決断だった。
 それは、ばーちゃんにとってどれだけ辛い選択だっただろう。たとえそこに迷いがなかったとしても。
 住人を安全に逃がし、少なくとも国境を越えるまでにかかるだろう十五日程度の間は、彼らが国軍に追われることがないようにしなければならない。もしも、和解の条件の中にフィズとレミゥちゃんの引渡しという項目がなければ、直ぐにでもばーちゃんは彼らの要求を呑み、街を軍の保護下に入れたことだろう。
 けれど、その条件だけは呑めない。フィズたちを連中の手に渡すことはできない。かといって、フィズたちの引渡しを拒否して街の人たちに危害が加えられることはあってはならない。フィズに関しては未だに行方不明であると言い張ることもできるだろうが、レミゥちゃんについてはそれも難しい。
 フィズであれば、たったひとりで逃げ延びることもできる。けれど、魔族としての力を持ち、普通の大人以上の魔法を易々と使いこなしてみせるレミゥちゃんであっても、幼い彼女にたったひとりでの逃亡生活は難しいだろう。かといって彼女を避難する人たちに預けては、彼らが危険に晒されることとなる。彼女を安全に逃がすには、恐らくじーちゃんがついて一緒に逃亡するのが一番確実だけれど、レミゥちゃんを逃がしてしまうと街の人たちが襲われる。
 どうやって、できる限り多くを、逃がすことができるか。
 それを、ばーちゃんとじーちゃんはずっと考え続けていた。僕らがいない間も。慣れない旅での疲れもあったとはいえ、そんなこととは知らずのんびり家路を歩いた自分を、僕は少し悔いた。
 少しでもばーちゃんの手間を軽減しようと、今夜は僕が台所に立った。材料の野菜を洗っていく。この上水道も、ばーちゃんやばーちゃんの両親の尽力でできたものだ。苦労の甲斐あってやっとまっとうな街の体裁を取り始めたこの場所を、ばーちゃんは諦めることに決めた。そう考えると、流れてくる水の一滴一滴が、本当に貴重なものに思えた。
 フィズは水道から流れる水を見詰めながら、黙りこんだまま、野菜を洗うのを手伝ってくれている。昨日帰宅してから、フィズはほとんど言葉を口にしていない。ばーちゃんたちがずっと大切に大切に育んできた、僕たちがずっと暮らしてきたこの街。それが、あの男の手によって失われようとしている。それは、フィズが何よりも嫌がること。自分を狙ってやってきたあの男の為に、周りの人の大切なものが奪われる。本当なら、逃げ出したいぐらい辛いに決まっている。けれど。
「……大丈夫よ。私はもう、逃げない」
 フィズは昨日、はっきりと、そう言った。
「私がいなくなっても、何も変わらない。それならせめて、少しでも、みんなの役に立てるように頑張るしかないよ。……だから、大丈夫。ちゃんと明日の朝も、私は此処にいるよ」
 笑ってはくれなかったけれど、はっきりとそう言って、フィズはほぼ十日ぶりに自室で眠りについた。僕も部屋に戻る。数日振りの、目が覚めても同じ部屋にフィズがいない朝。それでも、ちゃんと眠ることが出来た。診療所を継いでからずっと暮らしてきた自分の部屋はこんなに広くて、窓も大きくて、ベッドも柔らかかったのだと、初めて知った。
 その慣れ親しんだ生活も、残り僅かであること。それがわかっていたから、尚更だったのかもしれない。どういう形になるかはわからないけれど、あと数日で、僕らは此処を去ることになる。
 当たり前に使っていた上下水道も。
 温かなこの家も。
 もうすぐ、手の届かないものになる。
 離れと母屋をこそこそと出入りしていることすら、なんとも言えず、苦しかった。
 フィズは何も言わないで、てきぱきと野菜を洗っていく。あっという間に、六人分には少し多めの野菜が積み上げられていった。洗い終わった野菜の皮むきに手をつけようとしたとき、玄関のほうで呼び鈴の鳴る音が聞こえた。
 夜の来客。この間の夜のことを連想し、僕らはびくりと身を震わせた。
 僕とフィズは咄嗟に身を隠した。もし軍人であれば、僕らの姿を見られるわけにはいかない。
 僕らは玄関から死角である、地下室の入り口の近くの扉の影に隠れた。レミゥちゃんとスーは姿を見られても問題はないが、首根っこを捕らえられて人質にされるようなことがあっても困るため、来客時には玄関に近づかないようにばーちゃんたちから厳命されている。二人は僕らに代わって台所に立ち、芋の皮を剥き始めた。旅芸人生活が長かったレミゥちゃんは年齢のわりにしっかりしていて、料理の手伝いも一通りこなすことができる。レミゥちゃんが芋の皮を剥く手つきを、スーが興味深そうに眺めている様子は、どちらが年上なんだかわからないながらも微笑ましくて、胸が締め付けられる思いがした。