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なつきすい
なつきすい
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閉じられた世界の片隅から(2)

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1. 帰ってきた放浪者


 長い長い冬が終わり、待ちに待った春が来た。
 冬の長さに比して春、夏、秋はどれもあまりに短いけれど、それでも、わずかしかないこの期間にはいろいろなことが待っている。この時期しか出来ない楽しいことも、或いは、直ぐに巡り来る長い冬のための準備も。
 特に夏は、短いながらもこの街に太陽の光が燦々と降り注ぎ、ほんの数日間程度は、外を歩くと直ぐに飲み物が欲しくなるほどに暑くなる。そんな中で口にする氷菓子や冷たい飲み物は格別で、それもあって僕は夏を楽しみに待っていた。
 僕は、この春から診療の合間の時間を利用して、魔法工学の勉強をすることに決めた。勿論、僕の現状での知識は皆無に等しいので、国立研究所の講義に入れはしない。上流階級のお嬢さん方のような、何故か彼女らが入学すると研究所に流れ込む出所不明の資金のアテもないし、正直言ってやっぱりあの人と顔を合わせるのはなんとなくまだ嫌だ。とりあえずは、イスクさんから彼女が十歳ぐらいの時に読んでいたという入門書を譲り受けて……ああ、なんか少し悲しい気もしたがとりあえず考えないことにする。
 ともかく。それを使って自学自習、わからないところがあればフィズに聞き、月に一度ぐらいイスクさんの講義を受ける、ということにした。将来を嘱望されている若手研究者のホープであるイスクさんと、魔法工学でこそイスクさんの方が上だけれど、魔法が絡むあらゆる分野において天才と名高いフィズ。考えてみればかなり豪華すぎるほど豪華な講師陣であり、少なくとも魔法部分については基礎の基礎の「き」の字の一画目から始まるような僕には明らかに勿体無い面々に、マンツーマンで教えてもらうのだ。これで伸びなければ、あまりにも自分が情けない。しかし伸びる自信があまりないのもまた事実だったりする。
 それでも、僕が苦手な分野の勉強に挑戦する気になったのには、理由がある。長かったこの冬の間に、嫌というほど感じた無力感と、情けなさ。なんとかなると思っているだけではなんともならないことがあることを思い知った。少しでも成長したい、変わりたい。
 勿論、苦手な魔法に取り組んだからといって、直接的に何かが変わるわけではないのだけれど、取りあえず、向き合いたくないことから簡単に逃げてしまう自分を変える第一歩として、わかりやすいところを選んだだけだ。そして、いきなりばりばりに専門的な魔法というのもあまりにも大冒険が過ぎるような気がして、一応工学の素養がないわけではない、という理由から魔法工学に決めた。小さな頃から手先はそれなりに、少なくともフィズよりは器用だし、機械や道具の類やそれらの機構は大好きだ。まずは第一歩、普通の機械において動力源としてのみ魔法が利用されている分野から学習していければ、ある程度は取っ付きやすいかもしれない。
 あと、少し身体を鍛え始めることにした。当面の目標は、痛覚麻痺に頼ることなくフィズの買い物に付き合えること。これには特に深い意図はない。強くなりたいという希望をここに見出したわけでもないし、当たり前だが筋力を多少つけたところでそれでフィズと共に生きれるだけ強くなれるとも思っていない。ただ、痛覚麻痺を使ったときのフィズの済まなそうな表情と、養母に怒られるフィズの姿を見たくないだけだ。
 とりあえず、一日二十回の腕立て伏せから始めてみることにする。幸い、買い物のたびに筋肉痛になっていたせいか、予想していたよりは楽だった。もう少し筋力がついてきたら回数を増やして行こうとも思うが、もしかして世の中のマッチョな方々は、こうやって少しずつ筋肉に魅入られていってしまった結果ああなっていったのだろうか。そう考えると少し恐ろしい。さすがにそこまではならなくてもいいし、そもそも買い物で荷物が持てるようになれればそれで十分なので、見せ筋をつけるつもりはない。それでも、少しずつ逞しくなってきた自分の両腕を見て、妙な嬉しさと変な笑みが一瞬こみ上げてしまった。危ないかもしれない。
 やることは、たくさんある。勿論、普段の診療だって、おろそかにはしない。フィズの完全復活を以って、今度こそばーちゃんは隠居生活に戻った。僕が担当する患者さんの人数も徐々に増えてきている。
 フィズは、すっかり元気になった。二十日も寝込んでいたために最初は歩くこともままならないほどだったけれど、数日もしないうちに体力を取り戻し、今はもう病院で診療業務も普通にこなしているし、大きな荷物を持つのは難しいけれど、数キロの道程を歩いての買い物にも出られるようになってきた。特に診療の方は、例の記憶消去の件で減りに減ってしまった常連さんを取り戻そうと、以前以上にフィズはばりばり働いている。記憶消去を感染性で広めたのと同じように、解除も同様の手順を踏まなくてはならないらしい。その為、フィズと直接遭遇するか、既に記憶解除を掛けられた人と出会わない限り、相手の記憶は戻ってはくれない。よって、なかなかフィズが診ていた患者さんたちが帰ってきてくれないのだ。
 元々、ばーちゃんの両親が半ば慈善事業でやっていた医院が元であることもあって、患者さんが来ようが来まいが、ほとんど利益はないことには変わりないのだけれども、やはりなんだかんだいって、フィズは医者業が好きなのだろう。勿論、僕も。ふたりでばーちゃんに憧れて踏み込んだ世界なのだから。
「はいっ、これで大丈夫だよ」
 木登りをしていて落下して折れてしまっていた小さな男の子の腕が、あっという間に元通りになる。つい数秒前まで必死に涙を堪えて痛くない痛くないと明らかに意地を張って呻いていた男の子は、みるみる笑顔に戻った。
「ありがとう! ねーちゃんすごいな! ねーちゃん美人だし、オレ大きくなったらねーちゃんを嫁にもらってやるよ!」
 出た。小さな子どもの上から目線のプロポーズ。子ども受けするタイプなのか、フィズは治療を受けに来た男の子たちの多くからこの手の告白を受ける。僕が覚えているだけでも今月に入ってから既に五人目だ。フィズも慣れたものでニコニコと笑いながら、「君が大きくなるまで覚えてたらね」と返していた。意外と子どもが集まるような学校の先生なども向いているかもしれない。
 男の子はわずかばかりの治療代を渡すと、直ぐに玄関から飛び出して行った。遊びの続きに戻るのだろう。
「今度は気をつけなさいよー!」と、フィズが呼びかけると、男の子はニッと笑って、親指を立てた。
 男の子はかなりの速さで門を飛び出して行き、閉め忘れた扉が自重で勝手に閉じる頃には、もうその姿は見えなくなっていた。カルテを覗き込む。七歳。今がやんちゃ盛りだろう。
「あはは、可愛いもんだねぇ」
「そうだね」
「ん?」
 立ち上がって薬壜を取ろうとする僕を、診察用の椅子に座ったまま、フィズが見上げた。
「サザ、あんたって子ども嫌いじゃないよね?」
「全然?」
「だよね」