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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 そう言って口をすぼめる佐藤は、まさか本気で大和狙いなわけではないだろう。恐らく彼女の目的は、村田をからかうことにある。ちらりと村田に目をやると、大きなつくりの顔に、少し焦りが見て取れる。ただ、以前盛大に酒を飲ませて酔っ払わせた時に、村田は佐藤や植村が好きというよりも、彼女たちにからかわれ、毒を吐かれるのが楽しいのだと残念な告白をしていた。一体どこまで本気なのかはよくわからないし、飛鳥には理解しがたい感性ではあるのだけれど、それでバランスが成立しているのならそれはそれでいいのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えながら、卵焼きを口に運んだ。今日は実習でそれなりにハードなので甘めの味付けにしてある。一口一口きちんと噛み締めて食べると、午前中に疲れて少しもやのかかったような頭が、少しずつ晴れて行く気がした。
 
 
 
 昼食を終えて戻る途中、「飛鳥ちゃん」と子どもの声で呼びかけられて、飛鳥は振り返った。
「あー、やっぱり飛鳥ちゃんだ」
 とてとてと駆け寄ってきたのは、家の近所に住む小学生の女の子だった。
「あれ、さやかちゃん、どうしたの?」
 すっとしゃがみこんで目線を合わせると嬉しそうにぴょんと飛鳥の膝に飛び乗る。「おお、さすがはロリキラー」と楽しげに呟く植村を目で牽制して、少女の背を抱きかかえた。その右手には包帯が痛々しく巻かれていて、すっと目線を上げると、彼女の母親と目が合う。母親によると、埃のたまった電化製品のコードを引っこ抜いた表紙に火花が散り、小火を起こしてしまったらしい。その際にコードに触れていた右手を火傷してしまい、できるだけ綺麗に治るように、わざわざ梅大病院まで通院することを選んだそうだ。
「女の子だし、傷跡残ったらかわいそうで」
 そう言って、包帯の巻かれた右手に目をやって、それから飛鳥の顔を見て言った。
「ところで飛鳥ちゃん、もう看護婦さんになってたのね。まだ学生さんかと思ってた」
「いえ、まだ実習中です。……あと、看護師、ですが」
 後半部分は聞いていたのか聞いていないのか、少女の母はにこにこと続けた。
「もうすっかり立派になっちゃって、清海さんも草葉の陰で安心してるね。前はあんなにしっかりしてなかったのに。山で遭難して警察沙汰になったのはいつだったっけ。弾薬庫の洞窟があったから良かったけど、雨も凄くって」
「あああ、その話はやめてください……」
 後ろで植村と佐藤が興味深げな顔をしているのを一瞬見てしまい、飛鳥はうろたえた。例の一件のとき、一緒に迷子になった子どもたちの中にはさやかも含まれていたはずだ。
 しかし、聞きなれない言葉に、飛鳥の意識がぴくりと反応した。「……弾薬庫?」
 きょとんとした顔で、彼女は言った。
「あれ、知らないの? 飛鳥ちゃんたちが雨宿りしてた洞窟、旧日本軍の弾薬庫だって噂」
「初耳です」
「そっかー、学校で教えないもんねえ。ま、噂だけど。ちゃんと記録に残ってるならあんなところほったらかしにされないだろうし」
 聞いたこともなかった。なんで洞窟があるのだろうとは思ったけれど、そういうもの、だという認識しかなくて。
「杉宮にはあそこ以外にも軍の施設たくさんあるのよ」
 そして少女の母はにこにこと笑って続けた。「杉宮あんなにド田舎なのに新幹線も特急もあるでしょ。これ昔からでね、戦前は梅山よりずーっと栄えてて、そのときに線路が敷かれて便利だったから、軍事物資の輸送とかにも使われてたんだって。材木運ぶための山岳鉄道もあったし、あのあたりに秘密の弾薬庫とかあっても変じゃあないでしょう」
 そういえば彼女の勤め先はJR東日本だったな。そんなことを考えたところで。
 かたかたと音を立てて、頭の中で様々な条件がパズルのように噛みあって、ひとつの可能性という図柄が完成した。
 電気、火傷、弾薬、荒廃しかかった山林。それにここのところの異常なまでの晴天。
「……山火事?」
「え?」
 膝の上で飛鳥を見ていたさやかが飛鳥を見上げたことにも、飛鳥は気づかない。思考が高速で回転した。
 ここのところの好天と寒さで、湿度は相当低い。おかげで今年県内ではインフルエンザが大流行して内科と小児科がてんてこ舞いになっているぐらいだ。そしてそれは杉宮も例外ではない。
 それに加えて、林業が衰退しかかっているために放置された山林は荒れ、倒木も枯葉もすべてがほったらかしになっている。一度火がついてしまったら、燃える素材はいくらでもありそうだ。さやかの母の言うように旧日本軍の火薬が残っているとしたら、万が一引火しようものならとんでもないことになる。もしこの状態で、落雷なんかあったら?
 その上、同じく衰退もいいところとはいえ、一応杉宮の基幹産業は林業と製材業だ。建物も多くが木造で、火が町まで降りてきたら、町中が火の海になるかもしれない。その上、国道以外の道路状況の悪さは避難の妨げになるだろう。火の回る速度によっては、逃げられない――
「飛鳥ちゃん? どうしたの、重い?」
 膝の上に乗った少女にぽんぽんとはたかれて、飛鳥は我にかえった。
「なんでもないよ。さやちゃんは軽いねえ」
 そして頭を撫で、ひょいと身体を持ち上げてあげると、少女は楽しそうに笑った。
 
 
 
 翌日の23日。3連休の初日だ。大和は昨日終業式を終えて今日からもう冬休みに突入するが、飛鳥はその後28日まで実習が残っている。父の仕事納めもその日だそうだ。
 墓参りは午後からの予定だった。正午に梅山駅で父と祖父と待ち合わせる約束をし、飛鳥と大和は梅大の付属図書館へと向かった。
 休日の早朝の大学図書館は、人影もまばらだ。元々この時期はほとんどの学部が卒論の提出日を過ぎているし、期末レポートには早いので、そもそもあまり学生の姿が見えない。それに医歯薬看護系のように大量の必修講義があり、実習も多い学部はともかく、その他の研究主体の学部の学生たちの一部は、講義の取り方や休講状況によっては既に自主的な正月休みに突入して帰省していたりもする。
 おかげで、普段だったら文学部や教育学部あたりの学生が借りていってしまっているような郷土研究系の資料も、図書館の書棚にしっかりと収まっていた。
 かさかさと、ページを捲る音ばかりが響く。他に学生が少ないとはいえ、図書館での私語は基本的には許容されない。それぞれに重要なところをメモに取り、まとめていく。
 飛鳥は、郷土の歴史と産業の本を中心に目を通していた。読書慣れしている分、適当に読み飛ばしながら重要な情報を拾っていくのは得意なほうではある。普段は講義のレポートを書くときに重宝している技能だけれど、おかげで短時間でより多くの資料を処理できる。積みあがっていった読み終えた本も、取ったメモも、既に大和のものよりも随分と多い。尤も、本の量についてはこの図書館の本の探し方に慣れているかどうかの差と、本の種別の違いなのかもしれないが。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい