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天秦甘栗 用意周到1

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「紹介くらいしてくれてもいいだろうが…」
 深町は、困ったような顔をしている。どうしたものかと、この状況を考え込んでしまっているらしい。仕方なく、秦海は深町を紹介した。
「こちらは、天宮の友人の深町さんだ。」
 そこで親父殿は、膝をたたいて身を乗り出した。
「深町と言えば、天宮のお妾さんか。」
「まあ、世間ではそう呼ばれてますね。」
「いやー、本人と逢えるとは嬉しい限りだ。」
 天宮から深町のことをよく聞かされている親父殿は、その深町の手を取って、自分が渉の父親であると、自ら紹介した。深町の方も天宮から話は聞いている。
「それはそれは、この間頂いた蘭の花は見事でした。来年も、さ来年も、いい花がつくように今、温室に入れて世話をしています。」
「さすがは深町さんだ、あれが3年続けて花をつけると見破ってくれたとは、まったく贈り甲斐のある方だ。」
「いえいえ、あれ程見事な根がある蘭ですから…」
 秦海の知らない話で盛り上がる2人である。親父殿は、天宮の話から深町が植物好きだと知って、蘭をひと鉢贈ったのである。それはとても高価で珍しい品種で、深町もいたく感動したのである。
「親父ー、盛り上がっているところ悪いが……」
 仲良く植物の話をしている2人に、秦海は割って入った。植物なんぞより大切な話をしている最中なので、さっさと親父殿には退場してほしいのだ。息子の目が「出て行け」と責めているので、親父殿も仕方なく立ち上がった。「親父!」
「なんだ。」
「今日、深町さんがここにいたことは天宮には内緒だからな。」
「ふん、どうせよからぬ相談なんだな… じゃ、深町さん、話が終わったら居間に来なさい。さっきの話の続きをしようではないか。」
「はい、必ず。」
 いやではないらしく、深町は素直にうなずいた。それを見届けてから親父殿は退出した。
「天宮の話通りの方ですね。」
 深町が、そう言って笑う。一体どういう話をしてるんだか、と秦海は少し頬をひきつらせた。
「まあ慌てずに、じっくりからめ手で行きましょう。」
 深町は、その密談の最後をこうしめくくった。それから彼女は、本当に居間に赴き、親父殿とじっくり語らってから帰った。
「今度は、うちの龍之介も連れて来ていいですか? 親父殿。」
「ああ、構わんよ。ゴールデンレトリバーだったな、うちの庭は広いから放してくれても大丈夫だ、今から天宮の家に行くのかね。」
「はい、月に一度は掃除しないと人間の生活圏ではなくなりますから。」
 じゃ、送ってあげようと、すっかり意気投合した二人は、秦海に見送られて屋敷を後にした。天宮といい、深町といい、どうしてあの親父と、こう事もなげに会話を楽しめるんだろうと、秦海は溜め息をついた。財界の大立物と恐れられている人物は、他の誰にもあんな態度は許さないのになあと、秦海はつくづく常人ではないと、また溜め息をついた。



「そろそろ帰ろっかなー。」
 秦海が、ぼんやりと考え事をしていると、天宮はそう言って伸びをした。今日は土曜日で、田舎の家にこのまま帰るのである。天宮もさすがに本妻が緊急連絡をして来ると困ると思って、都内にひそんでいたのだ。しかし、時間もかなり深夜に近くなったし、もう大丈夫だろうと、天宮は帰ることを決めた。立ち上がった天宮に秦海は声をかけた。
「俺を送ってくれないか、天宮。」
「いいよ。」
 天宮のパジェロに乗って、2人は秦海の屋敷に戻った。後部シートには、お荷物(俗にいう洗濯物)が、いっぱいである。
 秦海の屋敷に着くと、当人が酔いざましのコーヒーでもというので、天宮は車を止めて屋敷のうちに入った。勝手知ったる居間で、テレビをつけてくつろいでいると、秦海大悟が騒々しくやって来た。
「あまみやー、久し振りだなあ。」
「この間逢ったでしょうに、親父殿。」
 うれしそうに、天宮の隣の席にどっかりと腰をおろして親父殿は、いやいやと手を振った。
「1カ月も不義理をしてたではないか。」
「それでも、よく逢っているほうでは?」
「何を言うか、天宮ぐらいしか、わしの話を聞いてくれるものはおらんじゃないか。さあさあ、今日はゆっくりと聞いてもらうぞ。」
 この言葉に、天宮は頭を横に振った。今日は田舎に帰るので、少ししたら出ないと夜が明けてしまうと説明したが、この親父殿には聞く耳はない。
「なあ天宮、旅行に行かんかね?」
「どこへ?」
「オーストラリアだ。確か、天宮はストーンヘッジが見たいと言っておったよな。」
 それは、この間逢った時に、たまたまテレビに写ったストーンヘッジが、あまりにも美しいので、いつか行ってみたいと天宮が言ったのである。確かに言いはしたが、今すぐとは言っていない。
「来月行くことになったのだ。ついて来ないかね、もちろん、旅費はいらんよ。」
「来月って、明日から来月ですが? 親父殿。」
「天宮はゴルフができんから、それも教えてやりたいし。なあに、1週間も練習すればうまくなるぞ。」
 話を聞けよーと、天宮はあきれたように親父殿を見た。しかし、当人はもう勝手に予定をたてている。
「ゴルフが嫌なら、わしがゴルフの時はのんびりショッピングでもしておればいいぞ。」
 違う違うと、彼女は首を横に振った。まだ行くとは言っていない。この強引さが、たまに頭痛のタネになる。
「めんどくさいなあ……旅行は自分の稼いだお金で行くからおもしろいの。親父殿と行くなら、レベル落として正月休みまで待ってもらわんと。」
「こらこら、若い者がそんな出不精でどうするね。若い時に、見聞を広めておかんといかんぞ。だいたい、おまえは考え方が古いんだ。おごってやろうという年寄りの好意は受けんといかん。」
 さすがに年の功で口は達者である。しかし、負けると本当に数日後にオーストラリア行きのビジネスクラスのシートに座る羽目に陥るので、天宮も負けてはいない。
「公務員はねえ、税金で養って貰ってるんだよ。そいつが遊びに行くっていって、そんなに急に休みはもらったら世間様に税金泥棒って言われじゃないの。また今度さそってね、親父殿。」
 会話を終了しようと、天宮がソファから立ち上がったが、その手をぐいっと親父殿が引っ張った。
「だから何度も言うておるじゃないか。さっさと仕事を辞めて、渉のところに嫁に来たらよかろうと…、そうすれば毎日好きなことが出来るぞ。なあ、天宮。」
 まいったなあ、と天宮は親父殿を見た。そんなことを言っては、秦ちゃんが怒りますよと、彼女はゆっくりと親父殿の手を振りほどいた。
「秦海は、もっとよく出来た嫁をもらわないとね。そうしないと……この秦海家が滅びますよ。」
 反論しようとして、親父殿は息子に止められた。ちょうど風呂がわいているので、入ってはどうかとすすめに来たのだ。
「入ったら帰れないんですけど…」
「明日、朝から帰ったらいいだろう。そうしたら、池のコイにエサもやれるぞ。」
作品名:天秦甘栗 用意周到1 作家名:篠義