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終わる季節

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 もう少しで凶悪な古竜を倒せるというところで不愉快な雑音が耳に入ってきた。
 最初は無視していたが二度三度と続くので集中できなくなりヘッドフォンを外す。オンラインだと一時停止できないから、もうダメだ。
 また『コンコン』と部屋のドアを叩く音がした。もう夕飯も食ったからこちらに用はない。こういう時は大抵ろくでもない用件だから「なに?」という返事に苛立ちを込める。
 ドアを開けて顔を見せたのは予想通り母親だった。この時間だと父親はまだ帰っていない筈だし、俺の部屋に来るなんてこともない。
 いつもと同じオドオドした態度がムカつく。怒鳴ることはあっても母親に暴力を振るったことなんてない。暴走した感情を抑えられなくなったら壁とかを蹴っているし、前に扇風機を投げつけた時だってちゃんと当たらないようにコントロールしていたんだ。
「あのさ、今日って節分なんだよね」
 そう告げた母の手には節分の豆が入っているらしい袋があった。
「……だから?」
「良かったら修くんも豆まきしない?」
「…………」
 俺が気合いを入れて臨んでいた古龍討伐のタイムトライアルを妨害した理由がソレか。だいたい豆まきなんてもう十年以上やってねえよ! 28にもなって母親と二人で豆まきなんてやってられるか!
 心の中で罵倒しながら「俺はいいよ」と答えると、母は「そうだよね」と言って卑屈な微笑みを浮かべながらドアを閉めた。
 
 画面の中の俺はとっくにやられていたから最初からやり直したが、さっきまでの興奮はもう蘇らない。ムカついて途中で電源をブチ切る。
 母親の陰気臭い顔を見ているとこっちまで暗くなる。前の仕事を辞めてからもう二年以上が経つ。ハローワークには行かなくなったがネットの求人情報は今でもチェックしている。最後の就職面接に行ったのは一年くらい前だが本屋とかコンビニにはよく行っている。でも、世間から見れば俺は真性のニートで引きこもりなんだろう。いわゆる社会の屑ってやつだ。
 高卒で一人暮らしを始めて入社した会社は二年で辞めた。それから半年くらいのブランクがあって転職した会社は半年で辞めた。それから実家に戻って一年くらい仕事をしないうちに俺の市場価値はさらに落ちていった。それでも正社員にこだわって入れた会社は当然のごとく全部ブラックだった。まあ、親父に言わせれば俺の根性が無いだけということなんだが。俺がちょっと金属バットを振り回して以来、そういうことも言わなくなった。とにかく、無職期間の方が長いような転職を何度も繰り返して、面接で履歴書を見せると必ず鼻で笑われるようになり、時には面接官の気晴らしにネチネチと説教されたり口汚い言葉で罵られ、契約社員や派遣でも書類選考で落ちるようになった。働いていない28の男がまともな人間として扱われないという社会のルールは知っているし、憂鬱と罪悪感で窒息しそうな生活の中で就職が決まった時に一瞬だけ呼吸をしたような開放感を味わえることも経験している。だが、もう世間は俺を労働力として必要としていない。わずかに許されているのは心も身体も削られていくような使い捨ての奴隷仕事だけだ。「そんなのただの甘えだろ。俺達は生きるために働くんだ」と何度も俺に言っていた高校時代からの唯一の友人は、立派な社会人として去年過労死した。今年はとりあえずバイトだけでもしてみようかと思って毎週のように応募したけど当たり前のように全滅。もう、どうでもいいや。
(30になったら死のうかな)とか思いながら自殺サイトなんかをチラチラと見て安心しているような毎日。まだ死ぬ勇気はないけれど、もっと絶望的な状況になったらあっさり死ねるような気もする。「死ぬ気になれば何でもできる」とか言う人がいるけど、「死ぬ気になる」のと「死にたくなる」とは全然違うんだ。


 グダグダと言い訳を考えるのにも飽きてトイレに行こうと部屋を出ると、ヒンヤリとした空気が玄関の方から流れてきた。
 半分くらい開いたドアと、母の小さな後ろ姿。ほんの少しだけの豆を手から零すように外にまいて「鬼は外」と消え入りそうな声で祈っていた。たぶんご近所の迷惑にならないようにと考えているんだろう。玄関の外はマンションの通路だから、まいた豆をすぐに拾っていた。
「ああ、修くんもやる?」
 俺の視線に気づいた母がドアを閉める手を一旦止めて豆が入った袋を差し出してきた。
「やんないよ。俺は追い出される鬼だからな」
 と、少し冗談っぽく言ってみる。
「修平が頑張ってることは母さん分かってるから」
 ドアを静かに閉めた母が口癖になっている言葉を口にする。
 分かってない。自分の子供のことなのに全然分かってない。俺は頑張ってなんていない。そんなことを言ってるから、あのクソ親父から「アイツがこんな屑になったのは全部お前のせいだ」なんて一方的になじられるんだよ。


「鬼は外ッ!」
 悲しみと願いと憎悪を籠めた叫びを上げながら、その豆を俺に力一杯ぶつけてくる母。
 しかし、そんなもので鬼を追い出すことはできない。今更そんな想いが届く筈がない。
 顔面に当たった豆に逆上した鬼に殴られ蹴られるだけだ。
 こん棒のように振り下ろされる金属バットから這いずるように逃げながら台所の包丁を手にする。
 別に間違っているわけじゃない。昔から鬼は退治するべきものと決まっているんだから。
 胸をズブリと刺されて倒れ込んだ俺に跨り、母が何度も何度も包丁を突き立て、やがて痛みも分からないまでに意識が遠くなっていく。
 
 
 そんな妄想に少しの間だけ浸り、またすぐに反吐が出るような現実に還った。


 居間に戻った母が先ほど回収した豆を再利用しながら「福は内」と小声で唱える。
「家の中なんだから、もうちょっと派手にやってもいいんじゃね?」
 苦笑気味に俺がそう告げると、母は「そうだね」と言って袋に手を突っ込み、今度はかなり多めの豆をまいた。

「福は内ッ」

 久し振りに見たような笑顔で豆をまいている母の姿を見ていたら、子供の頃を少し思い出した。
 あの頃は鬼の面をつけた親父に向かって母さんと一緒に豆を投げつけて「鬼は外!」って叫びながら外に追い出していたな。そして、家族三人で「福は内」と言いながら部屋の中に豆をいっぱいまいて、残った豆を歳の数だけ食べたんだ。俺は今でもなんとか食べられるだろうけど、たぶん母はもう無理だろう。

「福は内ッ!」

 母さんがまた豆をまいた。
 炒り豆が部屋の中にパラパラと乾いた音を立てながら広がっていく。
 

 その願いが叶えばいいなと思ってしまったら、ちょっと泣けてきた。
作品名:終わる季節 作家名:大橋零人