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夢と現の境にて◆弐

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―――伍, 夏夜の夢



「うっわー…」

俺は将棋盤の上を余すところ無いよう隅々まで見渡し後、大きな落胆の声を上げた。勝てない。一回も、一度も、ましてや有利になったことさえ!!

夏休み後半になっても、俺と間宮はばあさまの家で盤上系のゲームに没頭していた。何しろ俺が一回も勝てないなんて悔しいじゃないか。間宮はというとそろそろ飽きるだろうか、と思っても黙ってやり始めるのでどうなのか分からない。変な奴だ。

「だから手加減…」
「いらない!」
「……」

俺が言葉を遮ると間宮があっそという様な顔をし、呑気に欠伸をした。くそ、余裕ぶっこきやがって。今に見てろ、絶対勝ってやる。そう闘志を燃やしながらもう一回!とやり始めようとした時だった。突然小さく襖が開いた。そこには千代がひょっこりと襖から顔を覗かせていた。

「…ん?どうした」

俺が尋ねると千代はゆっくりと部屋に入ってきた。手にお盆を持っている。上には飲み物とお菓子。あれ、気を使ってくれたのかなと「あ、ありがとう」とお盆を置く千代に言うと、千代はそのまま無表情でその言葉を受け止めたあと、小さな口を動かした

「ばあさまから…伝言です」

え?と俺が聞き返す前に一呼吸おいて

「いいかげん、勉強しろ」

と一言言い放った。そしてそのまま部屋を出て行ってしまった。
残された間宮と俺は暫く黙った後、…勉強、するか。と完全に遊ぶ気の萎えてしまった気持ちを抱え、周りに散りばめられたオセロやら囲碁やら将棋などのものを押入れに一旦仕舞い込んだ。あれは…、いくらなんでも卑怯じゃありませんか、ばあさま。そう思いながら、確実にばあさまに言われるよりも大ダメージを受けた俺たちは溜まってしまっていた宿題に取り掛かった。

「そういえば」

数学の問題を幾つか解いた所で、間宮が閉められた襖を見つめながら口を開いた。

「あの子、兄妹じゃないよな。」
「あー、うん。父さんの弟の娘。だから従兄妹だよ」

ちょっと諸事情があってここに一緒に住んでるんだ、と手短に伝えると間宮はふーんっと納得したように呟くとそれ以上は追及してこなかった。前よりもこういうことに間宮は気を使うようになった気がする。俺はなるべく手を止めずにチラリと目の前で勉強する間宮を盗み見た。小麦色に焼けた褐色の肌、日の光で茶色がかる黒髪、高一にしては高い背によくついた筋肉。俺にはよくわからないが、きっとこの顔は人にもてるのだろうな、と最近よく遊ぶようになって気づいた。そして、多分、他の学校の同級生達よりも異常なほど大人びている、と俺は感じていた。

不意に手が止まってしまう。もしかしたら、と考えてしまったからだ。
もしかしたら、間宮も何か辛いものを抱えているのではないかと、そんな考えが過ぎった。俺が自分の諸事情を深く話せないため、間宮にも家のことは聞いていない。俺の予想に過ぎないことなのだが、そうじゃないとも言い切れない。でも、もしそうだったとしたら…

―――自分ばかり、得をしている。助けられている。

たった一度、偶然とはいえ命を救っただけだ。別に見返りなんていらない。だけど、この日常を今手放せと言われると確実に寂しいと感じるであろう自分がいる。

「…――うしてる」
「え?」

突然の言葉に顔を上げた。聞こえなかった。素直にそう伝えると間宮は苦笑しながら「いつも勉強はどうしてるんだ」と聞いてきた。

「時々、家庭教師呼んでる。わかんないところあったら頼むって感じで」

そういれば最近呼んでなかったな…。ちょうど分からない英文や数式が増えてきたので今夜あたりにでも呼ぼうか。そう考えていると間宮はだからあんなに成績いいのか、と呟いたのでなんで知ってんだ、と問うた。前に先生から聞いたんだよ、といわれたので宿題をとりにいった時だろうかとなんとなく悟った。お喋りな先生だ…、まぁなにかと心配してくれているみたいだが。何気に自分は周りから恵まれている人間なんだな、と少し嬉しくなった。こうやってポジティブに物事を考えられるようにもなってきた気もする。自分はこの悪夢と戦いながらも平常な自分でいられるように、暮らしていけるように支えられて自分を保っていられている。そして…その大半はきっと。

止めてしまったままの手を俺は動かした。最近、体調がよくなったとは思ったが、その反面、間宮に対していろいろなことを考えすぎてしまっている。だから、すぐさま思い直したり、別のことに気を回すようにすることがここ何週間か続いていた。

どうしてしまったんだろう 本当に自分は

そう思いながらも俺は、宿題を進める間宮の骨ばった大きな男らしい手を自然と目で追ってしまうのだった。


作品名:夢と現の境にて◆弐 作家名:織嗚八束