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新撰組 菜の花

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「もう、すっかり春ですねぇー。」

「おめぇの頭もな。」

「やだなあ、私の頭には花は咲きませんよ。」

「おめでてぇーやつだと言ってるんだ。」

 賑やかに、菜の花が咲く土手を歩く男たちは騒がしい。片方はひょろりと上に長い色黒の青年で、片方は、すらりとした見目は良いが眼光の鋭い男だ。風でゆらりと揺れる菜の花は、まるで、それを笑っているように見える。

「それで、私と散歩するほど暇なんですか? 土方さん。何か屯所で言えないことがあるんじゃないんですか? 」

 立ち止まって、その揺れる菜の花を見ていた長身のほうが口を開く。何か人に聞かれたくない話があるから、この男は誘い出したのだと気付いている。誰かを秘密裏に斬るとかいうことだろうと思っていた。新撰組は一枚岩ではない。所帯が大きくなって、いろんな立場の人間が合流した。それに伴なって、試衛館の仲間だけなら簡単だったことも、今は難しくなっている。昨今、問題になっているのは、伊東のことだろう。博識の伊東は、弁舌が巧みで、局長を差し置いて権力を奮う行いをしている。このままでは、新撰組の屋台骨が揺らぐ事態になると、この間、土方は言ったのだ。

「斬るんですか? いつ? 私だけですか? それとも、斉藤さんも? 」

「違う。それじゃねぇ。」

「え? 他にありましたっけ? 」

「総司、働いてくれって話じゃねぇーんだ。そんなことなら、端から斉藤も連れて来る。」

「じゃあ、なんですか? 」

 そこで、土方は顔を逸らせた。逸らせた先には、川の流れがある。そして、その向こうには、また土手があり、菜の花が咲いている。沈黙が語ることがある。言いたくないが言わなければならない時の土方というのは、こういう時がある。とはいっても、これは試衛館時代のことだ。

「ああ、もしかして、私のことですか。」

「病人をいつまでも屯所に置いてるわけにもいかねぇーだろ。・・・・近藤さんのイロのところへ移ってくれないか。」

 松本良順からも、静養させろと命じられているのだと付け足す土方の顔というのは、眉間に皺が寄っている。また、貧乏くじを引いたのだろう。近藤は、自分からは、とても言えないと頼んだに違いない。

「でも治る見込みもないのに静養したってしょーがないんじゃないですか? 」

「いや、そうでもねぇーんだ。滋養のあるもん食って大人しくしてれば、治ることもあるんだとよ。そういうことなら、そのほうがいい。」

「また、そういう嘘を・・・あのね、土方さん、それは治るって言うのではなくて、死ぬのが遅くなるってだけなんですよ。」

「けどよ、総司。」

「私は、来年の菜の花を見られなくても構いません。近藤さんたちと一緒に戦いたい。それが私の望みです。」

「近藤さん、泣くぞ? 」

「はははは・・・泣いてもらおうかな。」

「バカ言うな。俺も真っ平御免だ。」

「まあ、起きられなくなったら運んでください。それなら文句は言いません。それまでは一番組組長で。」

 総司も言い出したらきかない。小さい頃から見ているから、それは土方も知っている。なぜ、総司なんだ、と、近藤は嘆いた。近藤からすれば、息子といってもおかしくない年の差だ。若い総司が患ってしまった病気は助かる見込みがない。だから、なるべく生き永らえさせる方法を、と、医師の松本に請うた。それが療養だったのだ。

「・・・・ったく、おまえも近藤さんも、俺にばっかりイヤなことは言わせるんだからな。」

「しょうがないでしょ? 私ろめが言ったら、近藤さんは泣くんだから。」

 まずいでしょ? 鬼の新撰組の局長が、ぼろぼろ泣いたら、と、総司は笑う。池田屋事件の後で、疾うに覚悟は決めていた。最後まで、一緒に戦いたい。それで寿命が縮んでも後悔しない方がいい。

「わかったよ。そういうことにしておく。」

「けど、土方さんだって、来年、この花を見られるとは限らないでしょ? 」

「まあな。それは時の運ってやつだ。」

 日増しに戦況は変化していく。来年の今頃、ここを歩いていられるのかは、誰にもわからない。ここだって戦場になっていて、菜の花は踏みにじられているかもしれない。先のことは、誰にもわからないのだ。

「誰が一番長生きするか賭けましょうか? 」

「バカ、近藤さんに決まってるだろ? 大将が最後に決まってる。俺やおまえは、その楯になるんだからな。」

「はいはい、せいぜい、私が弾除けになってあげますよ。それで、土方さんは近藤さんの弾除けしてくださいね。」

「任せろ。」

 できるはずのない約束をしているのだと、どちらも知っていて笑い飛ばした。総司の病状は悪い。すでに、戦場に立つことは無理だろう。それでも、そう言うのが総司だ。

できれば江戸へ返したいと思っていたが、梃子でも動かないつもりらしい。それなら、それで、こちらも覚悟を決めようと土方も決める。近藤が、どう嘆いても宥めて、総司の好きにさせてやる。 それで満足して死ねるというのなら、そのほうがいい。

「今日は美味いもん食わせてやるぞ。」

「はあ? 私は獣肉はイヤですよ。」

「いや、鴨肉だ。あれは、臭みもなくていい。」

「それは仕返しなんですか? 」

「当たり前だ。おまえの我侭を通してやるんだから、仕返しぐらい引き受けやがれ。」

「わかりました。付き合います。」

 もう一度、一面の菜の花を見回して、総司は微笑んだ。来年は・・・・・と、考えて手を振ってみる。見られたら拍手喝采なんて内心で呟いて、先へと歩き出している土方の後を追った。



 翌年、総司は生きていた。ただし、場所は江戸に移っていた。鳥羽伏見の戦いで大敗して、江戸へ軍艦へ引き上げてきたのだ。

・・・・ほら、見られた。拍手喝采・・・・・・

 庭に咲く菜の花を見て、微笑んで目を閉じた。
作品名:新撰組 菜の花 作家名:篠義