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みっふー♪
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novelistID. 21864
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花を送ろう、君を迎えに

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花散りぬらむ



満開の樹の下に彼はひとり立っていた。
花雪を散らす強い風が、淡い色の髪を乱す。俯いて髪を押さえた彼の指先に触れて一片、白い花弁が薄曇の空に舞い上がった。
――……、
視線で追った少年は雲間から差す逆光に目を細めた。手を翳し、再度目を凝らしても霞の空に花の行方を見失う。
枝振りの陰に立つ彼の小袖の肩がくすりと揺れた、ような気がした。


「……もう眠いんじゃないですか?」
寝物語を切り上げて、含み笑いの彼の声が少年の跳ねた前髪を震わせた。鼻先を甘い春の香りが掠める。
だらりと溶けたように重い瞼を閉じたまま、少年は布団の上に身を捩らせた。
「……、」
少年が退いた分、またあのくすぐる笑みと一緒に花の匂いが追いかけて来る。
少年は短く息を付いた。頬の辺りに気配を感じて、闇雲に掴んだところにちょうど彼の差し出した指があった。
「――捕まっちゃいましたね」
まるで悪戯がばれた子供みたいに彼が笑った。少年は億劫そうに目を開けた。くすくす揺れる涼しげな瞳が真っすぐ自分を見据えている。
(……。)
――妙な感じだ、少年は思った。
肩丈にも届かぬ彼の隣で少年が見上げるごと、いつでもどこか遠い目をして、少年の知らないところを見ている彼を、背伸びをしても、先を駆けても追い付けない、……あんなに願っていたくせに、いざその視線を余さず受けて、おこがましさに身の竦むようないたたまれない気分になる。自分は日頃不躾なくらい、穴が開くほど彼を見つめているくせに、――勝手な話さ、少年の手の先の力が緩んだ。
「――、」
と、解けた指にたちまち頬を摘まれる。彼がまた小刻みに肩を揺らした。
「……」
呆れたのと痛いのと、少年は何も言い返せない。そのうち顔は痺れてくるし、半分抗議の意も込めて、摘まれた上から彼の手を掴む。力任せに引き剥がしにかかったところで、彼がふと指を緩めた。
本当は途中で止められたはずだった、前掛かりになった少年の顔は勢いのまま彼の胸元に埋もれた。
「――……、」
襟にかかった長い髪が、薄い胸の呼吸に上下して鎖骨の窪みに流れ落ちる。
拡散された体温に呆けた頭の端からじわじわと、纏わる何かが少年の虚ろな意識をすっぽり覆い尽くしていく。
――桜の匂い、薄桃の淡い匂い、懐かしいような哀しいような、溺れかける一瞬手前で我に返る、――……違う、もっとはっきりどぎついくらいの、春の宵ではなくてあれは夏の日暮れの河原に咲いた紅色の白粉花、噎せ返るような色と匂いの洪水の中で、……そうさ、あの人の代わりなんてどこにもいない、ならば面影がかけ離れているほど都合が良かった、そのはずだった、……なのにいまさら未練がましく、振り払おうと、忘れようと、考えまいとすればするほど引き攣る胸を占めるのはあの人のことばかり、
――……、
少年は――背丈だけなら疾うに青年と呼んで差し支えなかったが――、嘲りに肩を揺らす、――満足か? それで責められているつもりなのか? ……下らない、馬鹿げてる、こんなことであの人の心に波風立てられるはずもなく、彼岸の彼に妬いて欲しいと身勝手な自惚れで、当ての外れた肩透かしに自棄を起こしているだけだ、いっそ夢に取り憑いて狂わせてでもくれるなら救われた気にもなれるのに、この為体をあの人は裏切りだとも思ってくれやしない、届かぬ岸に佇んで静かに笑んでいるだけだ、わかっていたのにそれが虚しい。


褥の上で少年は目を開けた。少年に添うように穏やかな笑みを浮かべる彼の表情がそこにあった。
「――?」
彼の言葉が低い声音に何かを問う。少年には聞き取れない。やがて彼の手が少年の濡れた頬を包むように優しく触れた。
「……」
互いの視線が揺らがず重なる。彼が緩く首を傾げた。少年は彼の肩に手を掛けた。身体を起こして彼を真下に覗き込む。彼の口元には変わらず微笑が湛えられている。少年は噛み付くように息を塞いだ。
落ち着きのない鳥の囀りみたいな、音だけ派手な単調な、それでも行為を重ねるうちに応える息も上がっていく。二の腕を辿っていた彼の指が少年の片袖にきつく縋った。
「……――、」
湿った熱を開放して彼の顔を覗き込む。色付いた唇に笑んだ彼が、袂の先に指を掲げて少年を手招きする。
「……」
誘われるまま少年は身を屈めた。柔らかな彼の吐息が少年を捕らえた。逃れられず呼吸を求めて開いた隙間に彼の舌が滑り込む。出口も見えず弄ばれる剥き出しの魂も、彼に喰われてしまうならそれすら己の本望だ。
「……――?」
少年の腕の下で、見上げる彼がまた何かを訊ねた。細められた切れ長の目元、少年は答えず、合わせを寛げた彼の首筋に貪るように顔を埋めた。
「――……、」
くすくす含み笑いの手が少年の跳ねた頭に触れた。はだけた肩にひとすじ垂らした長い髪の甘ったるい、春の靄に隠されて夏の終わりの濃い匂いが鼻腔をくすぐる。少年は込み上げる嚏を噛み殺した。
どうせ形無く醒める夢だ、ならばその気怠い酔いに束の間身を浸していたかった。


+++