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みっふー♪
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novelistID. 21864
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花を送ろう、君を迎えに

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殉情



「……、」
緋色の褥に投げ出した肢体を憂げに撓らせて、衣擦れの音に伏せた睫毛がそろりと動く。潤んだ瞳が微かに揺れて、――……違う、あの人はこんなあられもない姿で、あんな目をして俺を見ない。だから相手は俺じゃない、少年は自分に言い聞かす。
「――……、」
しだれ落ちる髪を乱してはだけた胸にいくつも散らせた赤い花弁、透けるような皮膚をなぞって弄られるごと喉を逸らせて空を喰むあの人の唇に、濡れた喘ぎが熱を籠らす。
「――、」
狭間を約めて上がる呼吸の隙に繰り返し知らぬ誰かの名を呼んで、捲れた裾に開いた内腿の露わな白さ、縋る指先は肩に食い込み、敷布を蹴って引き攣る爪先、天を仰いで目を閉じて、上り詰めていく恍惚の表情はときおり緩んでしどけなく正面を見据える。揺さぶり尽くされ息も刹那に涙に塗れて僅かに動いた唇は再び知らぬ名を求め、果てて更なる高みを目指す。
――……!
朦朧としていた少年の意識は、そこで弾けて現実に引き戻された。
「……」
ひどい疲労感だ、夢見心地もあったもんじゃない、夜着に染みた汗やら何やら、恐る恐る下履きに突っ込んで、じっとり濡れた掌が夢でないことを嫌でも突き付ける。
少年は自分がまるで芋虫にでもなった気分で夜具の中を這い出した。行李にあった手拭いで取り敢えず億劫な場を片す。
惰性に任せて手を動かしながら、……そうして頭の中でなら今まで何度もあの人を抱いた、――違う、それすら出来てない、誰かに抱かれてるあの人を横から覗いてブン盗って、自分の菜にしただけだ。
かくて不埒な妄想でさんざんあの人を汚しておきながら、たとえ夢想の中でも現実でも、自分では決してあの人に触れられない、触れてはいけないとどこか少年は固く思い込んでいた。それを不幸だとも思わない、嫉妬とか不安とか自信がないとか比べられたくないだとか、とにかく諸々雑多な感情を場に堰き止めて思考停止していれば、そうすれば自分はいつでも好き勝手あの人を抱いて、抱いたつもりになって、それで一向構わなかった。それ以上を望むつもりもない、分不相応に何かを欲しがって、今より以上に、何かが決定的に変わってしまうことの方を少年は余程恐れた。
「……」
這い戻った夜具の中で少年はぼんやり考え込んでいた。
ふと、気配に寝返りを打った障子越し、闇を照らす手燭の灯りにゆらゆらと伸びる人影があった。部屋の前に止まった影は少年に告げた。
「……起きていますか」
彼の声だった。被った夜具に息を殺して少年は答えなかった。頼りなく障子に揺れる影が躊躇いがちに続けた。
「君に呼ばれた気がしたんです」
灯りを置いて、障子の前に彼が膝を着いた。木枠にカタンと手が掛かる。
「――来ないで下さい、」
夜具の中から少年は声を押し出した。
「なぜですか」
責めているのではない、彼の静かな声が問う。
「そこを開けたら絶交です、」
強い響きに少年は発した。声はきっと震えていた。
「……絶交ですか、」
――それは困りますね、揺れる炎の明かりと一緒に彼が薄く笑った。
「……、」
夜具の中に背を丸めた少年の潜めた息が短く速く上がっていく。――どうして、衝動を堪えようとして、引き攣る少年の頬を熱い涙が伝った。障子の向こうに座り直した影が俯く。
「私は、君に――」
どこか思い詰めたような彼の声だった。
「――先生!」
涙混じりに少年は叫んだ。押さえ込んだ手の中に果てた証があった。
「……」
影は答えない。
「俺は……、俺は何もいらないんです、」
――先生がくれると言ったって俺は何にも欲しくない、声にならない、それは少年の魂の叫びだった。失うことに耐えられないなら最初からそれを欲しがるべきじゃない、自分には到底分不相応なのだから。
「……」
障子を隔てた影が静かに息をついた。
「……そうですね、」
――私も君にあげられるようなものは何も持っていないんです、独り言のように呟いた彼が、手燭を持って立ち上がった。
「それじゃ、」
行きかけた影がふと立ち止まって最後に言った。
「風邪をひかないように、ちゃんと布団を掛けて寝てください」
廊下を進む足音が遠ざかって行く。身を潜めた夜具の中で少年は耳を塞いだ。今すぐこれを跳ねのけて、追いかけて引き止めた彼の腕を抱き締めて力ずくに、思いを告げれば世界はそこから変わるのか。その世界で眩しすぎる光に照らされて自分は息もできないだろう、それでも彼の手を離さずにいられるか、あるいは知らなければ良かったのだと、そうすれば暗闇の中ひとり孤独を知らずに生きていけたのに、彼の与えた光を逆恨みに罵りながら奈落に堕ちるか。
「――先生、」
少年の胸を押し潰す思いは、言葉になって唇を零れた。あとからあとから、止まらない嗚咽が喉を込み上げる。生温かな己の名残りに塗れた左手で少年は嘔吐に耐える口元を覆った。
……それで済むなら、自分の中にあるものを何もかも吐き出して空っぽにしてあの人への思いごと、――自分は欲しくなかった、何もいらなかった、傍にいられればそれでいい、そんな風に願うことすら少しも望んでいなかった。あの人がどこかで泣いていても笑っても、それは自分の生きる場所とはまるで無縁のはずだった、
「……、」
――戻りたかった、あの人のいない場所へ、あの人を知らない自分に、けれどすべてが手遅れで、あの人を失うことを恐れる前の自分がどうして息をしていたのか、まるで想像がつかない。そんな意味のない場所にいまさら生きていたいとも思わない。
……俺は変わってしまった、あの人がそう変えた、あの人が好きだ、あの人が欲しい、だが一度手に入れたそれを失うことは得られぬ以上に耐え難い。ならば触れずに諦めてしまえ、――それでもどうしようもなくあの人が好きで、
「……俺はどうしたらいいんですか、」
応えるものなく漏らした少年の独り言は、やけに大きく夜半の壁際に響いた。


+++