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D.o.A. ep.1~7

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テーブルの上に、ごとんと鍋が置かれる。大きい。揺れてした、重い音が、中身の多さを物語っている。
これを全部食しきらなければならないのかと、ライルの額に人知れず冷や汗が浮かんだ。

「見て見て!いい匂いでしょ、腕によりをかけました!さっ、食べて食べて!」
「う…うん」

ワクワクといった感で蓋を開けてみせる。覗き込んだ。匂いは普通。色も、緑でも紫でもなく、普通の色だ。
白い湯気が立ち上って鼻腔を擽る。
今回はもしかすると。期待に胸が躍る。美味しいかもしれない、の期待ではない。まずくないかもしれない、という期待である。
たびたび、彼女の手料理の犠牲になってきたライルからすれば、普通の料理が出てきていることに、過剰な喜びが湧き上がるのも無理なきところだ。
皿に流し込んで、手を合わせる。腹を括ってみた。一口。

(!!)

「ねえ、美味しい?美味しい?」
「……」

期待に目を輝かせて見守るリノンは贔屓目で見なくても可愛い。が、それを愛でている余裕などない。
指先が震えて上手くスプーンが持てなかった。必死で、何とか飲み下す。手がコップを探しかけて、理性が止める。
それでは不出来なものを水でかき消してしまおうという意図が丸わかりだ。
彼女の料理の腕が上達しないのは、このように、周囲が彼女を傷付けることを恐れて、はっきり「まずい」という意思表示をしないところにも原因がある。

「お、おい、美味しい…よ」
やっと――――それだけ伝える。
「…良かった!頑張った甲斐あって」

口の端が歪んで震えていたが、気付いてはもらえなかったようだ。
確かに、悪寒と腹痛には襲われていない。
だが、きっとこれは、高血圧に悩む近所のおばあちゃんに食べさせたら一発で昇天出来るほどの破壊力を持つシロモノだと、思った。
つまり――――辛過ぎる、のだ。恐ろしく。
香辛料の類いの辛さではない。となれば、おそらく塩加減の問題だ。
だから、塩加減さえ合っていれば、たぶん普通の料理として生まれてくることができたのに、と考えれば、日頃の作品と比較し、努力賞を贈れないわけでもない。
しかし、海水を一定量以上飲むと、人は死ぬという。
こんな、明らかに海水以上であろう塩分濃度のシロモノを鍋一杯分完食したら、仮に流し込めたとしてもぶっ倒れること間違いない。
腹痛や悪寒は起こさせない代わり、それらよりも「死」に明確に近い作品である。ライルは戦慄した。

「ご、ごめん。疲れたから…眠いんだ。…これ明日食べるよ」
「そう?今日は屋根の修理おつかれさま。ゆっくり休むのよ。あ、食べたらお鍋は返しにきてね」
「あ、ありがとうリノン、じゃ、また明日」

リノンを見送った後、欲望に従って一気に水を飲み干したあと、依然テーブルの上にあるそれに目だけを向ける。
味を思い出すと口元が無意識に歪んできそうだ。今でも舌がやたらとヒリヒリした。
こっそり棄てるべきか。一瞬浮かんだ考えを振り払うように頭を振る。
心をこめて作ってくれたものを粗末にするなんて。材料に罪はないのだ。
悪意が無い分性質が悪いとはこのことをいう。
(薄めたら、なんとか、いけるか…?)
と、どうにかして完食する手段を思いつこうとするが、先程リノンに語った、疲労という理由も、また事実だ。
思考が散り散りになって霧になっていくのを感じて、彼は諦めた。

「…寝るか」


スプーン一杯の夕食に、当然腹は満足していない。
空腹を訴える音を発する腹をなだめつつ、誰もいない家の階段を上る。
階段を数段上った場所から、久し振りに帰ってきた我が家を見渡し、ライルはあまりの広さに目が眩みそうになった。
本当に、誰もいなかった。
10年前、恐らくこの家を広いと思ったことはなかった。
広く感じると共に心にぽっかりと穴が開いて、そこから隙間風が吹き込んでくるような、何ともいえない悲しみや寂しさが湧き上がる。

母は、いつもおいしくてあたたかい食事を作ってくれた。
食事の用意が出来るまでは姉やリノンに遊んでもらった。
父は、そんな光景を目を細めて眺めていた。
食事の用意ができてから、少し遅れて、兄が帰ってくる。
―――そんな光景が目の前に広がっているような幻をかすかに見る。

最初の頃、独りで過ごす、夜は永かった。永遠と感じるほどに。
明けない夜はないのだと知っていても、独りは堪らなかったのだ。
けれど、いつしか夜の孤独にも慣れた。

彼はベッドに身を倒す。眠りに身を委ねる。
明日という、繰り返される日常が出来るだけ早く訪れる事を願って。



作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har