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Knockin’on heaven’s door

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その7


「やっぱり……そうなんだ」
 彼氏さんを追跡し始めて十分ほど経過した時、彼女は何かを確信したようにそう呟いた。
「何か気付いた事でもありましたか?」
「さっきの花屋の店員、……胸が大きかった!」
 唖然として、僕は言葉を失ってしまった。


『 素直になりたかった秋山楓の場合 』


 今回お世話する秋山さんとは数週間振りの再会になる。昇天する日を今日に指定してきたので、上司には「継続交渉中」との報告をして保留していたのだ。
 約束の時間に約束の場所、約束通りに現れた彼女はその時点で既に不機嫌だった。
 原因は、眼下を歩く「彼氏さん」の存在だ。
「付き合ってすぐの頃に浮気した相手も大きかった……。そんなに小さい事が不満だったの?」
 彼女はそう言いながら自分の「小さい」とされる個所をポンポンと軽くタッチしている。
「そ、そういうのって付属品みたいなものですから、実際はその人自身をどれだけ好きかって事が大事だと思うのですが……」
「なによ、あたしはオプションも付いてないノーマルプランだって言うの?」
「あっ、いやっ、……ごめんなさい」
 失言でした。僕は射抜かれる程に鋭い睨みに耐え切れず、後退りして身構えた。
 とにかく彼女は不機嫌であった。彼氏さんを見下ろす視線はまるで「監視」のようで、正直僕は重い空気に押しつぶされそうになっていた。


 駅前の花屋で大きな薔薇の花束を購入して、そのまま電車に乗って彼氏さんは移動している。
「彼氏さんってどこに向かってるんでしょうか?」
「……さぁ、どこだろ? もっと大きい女のトコにでも行くんじゃない?」
 秋山さんはトガった言い方で答えを返してきた。しかし僕にはそれが本心ではないと分かっていた。
「本当は確信されてるんですよね? 行き先。なんだか少しだけ顔がニヤけてますよ」
「まぁ……ね、あの花束は予測してなかったけど」
 そこでようやく秋山さんの表情が明るくなった、数週間前に出会った頃の笑顔に戻ったのだ。
 丁度その頃、彼氏さんは電車を降りて駅前からタクシーに乗り換えていた。
「しかし、どうして薔薇の花束なんて持ってるんでしょうか? っていうか、あれ持って電車乗るってだけでも偉業達成って感じですよね?」
「あはは、あいつ馬鹿だからね、そういうトコ。真っ直ぐ見過ぎて周りが見えなくなるタイプ」
「胸を張って電車に乗ってるのを見て、もし僕が生きてたら友達になりたかったなぁ、とか思いましたよ。不器用っていうか、応援したくなるような……」
「不出来なの、フ・デ・キ。あいつの情熱に負けて付き合う事になったんだけどね、本当に情熱くらいしかなかったのよね」
「その言い方、酷いですね」

 遥か頭上でそんな事を言われているとは知らない彼氏さんを乗せたタクシーは、幹線道路を右折して山道へとさしかかる。

「……この方向って墓地がありますよね? もしかして、秋山さんのお墓とかある墓地なんじゃないですか?」
「うん、あるね。あいつ、あたしのお墓に向かってるんだもん、きっと」
「すごいセンスですね、薔薇の花束持ってお墓参りするなんて……」
「ホント、小っ恥ずかしいヤツだな、相変わらず……」
 秋山さんはそう言うと、僕から顔を隠すようにうつむき黙り込んだ。そして眼下の、タクシーから降りた彼氏さんを見つめる。
「あのぉ、こんなタイミングで申し訳ないのですが……、出来ればここで満足されるのは我慢してもらえませんでしょうか?」
 そんな僕の唐突な話しかけに、秋山さんは驚いて顔を上げた。目には涙を浮かべて今にもこぼれ落ちそうだ。
「忘れないでくださいよ。秋山さんは天国に行くために「心残り」を消化しているのです、今ここで満足しますと最後まで彼氏さんを見守れずに昇天してしまいます。だから、今は我慢を……」
「そんなの分かってる。けど……」
 秋山さんは泣き始め、途端に体が淡い光に包まれだした。
「わっ……、秋山さん。もう始まってますよ」
「もー、まだあいつがお墓までたどり着いてないじゃない。せめて最後まで見届け……、そうだっ!」
 そう言うと秋山さんは何かを思い出したようで、輝き出した両手で僕の肩を掴んで揺すりだした。
「天使くん、お願いがあるの。あたしが見守っていたって伝えたい! だから、コインとか浮かせたり出来ない?」
「現世との物的接触は基本NGです。それに何ですか、コイン浮かせろって。ウーピー・ゴールドバーグにでも頼んでくださいよ。出来る事は強い風を吹かせるとか気候や気温の変化、夢への干渉くらいで……」
「気候? じゃあ、雨とか降らせたり出来る?」
 ただでさえ光に包まれているというのに、秋山さんは希望を見出したかのように眩い笑顔で僕に迫ってきた。


 古賀豊はタクシーを入り口に待たせ、訪れる人の少ない平日の墓地を奥へと進む。
 二年前の今日、豊は再三アタックを試みていた秋山楓と交際を始めた。そしてその時に約束をした「二年後の今日、一人前の男になってプロポーズをする」を実行するのだ。
 真っ白なタキシードに真っ赤な薔薇の花束、とても墓地には似つかわしい格好でガチガチに緊張しながら歩く豊の姿は、他の来園者からは珍獣に遠くない存在であると認識されているに違いない。
「さて……と」
 墓地の少し奥の方、階段を昇って右に曲がった先の「秋山家之墓」とある墓石の前で、豊は片膝をついて花束を前に掲げた。さながら「王子様」を演じている気分であるのだが、無駄と無意味なサプライズを嫌っていた楓が生きていたのなら鉄槌が飛んできそうだなと、豊は心の中で笑いながら考えていた。
「きっと、天国で怒ってるんだろうな、恥ずかしい事すんなって」
 豊は薔薇の花束を二つに分けて花筒に挿すと、二礼二拍手一礼でお墓を後にする。
「あっ、間違えた」
 非常識な事をしていたと気付き、下りかけていた階段から慌てて戻ってお墓の前で手を合わせて「ゴメンな」とつぶやく。

 そんな時だった。生暖かい風と共に湿気がその場を包み、雨の降り出しの独特な匂いが辺りに広がる。

「やっベー、楓のヤツ怒ってんな? 雨女は今でも治ってないんかよ」
 そんな事を言いながら、豊は笑顔になって墓地の階段を駆け下りるのだった。

作品名:Knockin’on heaven’s door 作家名:みゅぐ